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29. エリザベス

「これは……エリィの物だ……!」

「間違いないか?」

「ああ。彼女の16才の誕生日に、俺が贈ったものだ」


 ジェラルド殿下は、震える手でそっとペンダントの泥をぬぐった。

 金の装飾の裏に『愛するEへ』と掘られている。


「あれだけ探しても、遺品ひとつ見つからなかったのに……」

「湖底の泥に埋まっていた。逆にそのおかげで、流されずにいたんだ」


 愛おしそうにペンダントを撫でる殿下。

 今まで見たこともない、優しく悲愴な表情だった。


「ジェラルド殿下。そのペンダントには、光精霊の痕跡が残っている。もしかすると、エリザベス殿の最後の意識が染み着いているかもしれない。だとすれば、声だけなら再現することが可能だ」

「本当か!?」

「余計なことならやめておく」

「……いや、やってくれ」


 私はジェラルド殿下の前に立ち、光精霊を呼び出した。

 そして、ペンダントに手を触れる。


光の再生(リュミエ・リプレイ)


 精霊たちがペンダントを囲んだ。

 彼らの発する微光が、くるくると万華鏡のように回る。過去へとつながる螺旋だ。


『……ルド。ジェラルド』

「エリィ……!」


 微かに女性の声が響いてきた。

 聞いているだけで穏やかな気持ちにさせてくれる、優しくて澄んだ声だった。


 彼女の声を聞き漏らさないよう、私たちは身じろぎひとつせず黙っていた。

 湖面からの風音や木々の揺れる音さえ、今は邪魔に感じる。


『私がいなくなったら、貴方はどんなに悲しむでしょう』

 

『それだけが心残り。どうか、もう悲しまないで。私は貴方にたくさんの幸せを貰ったわ。本当に楽しかった。だから、貴方にも幸せになって欲しいの』


『幸せになってね、ジェラルド。愛している。愛しているわ……』


 螺旋の回転が徐々に緩慢になっていく。

 それに合わせるように、声が小さくなっていった。


「待ってくれエリィ!俺はまだ君に、何も……」


 そうして声はとぎれてしまった。

 もう、ペンダントに精霊の痕跡は感じない。

 彼女が最後に残した伝言(メッセージ)は、永遠に消えてしまった。


「君に幸福を貰ったのは、俺の方だ。生涯かけて君を守ると誓ったのに、果たせなかった」


 ジェラルド殿下は、ペンダントを手に持ったまま涙を流していた。

 

 これ以上、私にできることはない。

 貰い泣きをしているアニエスとフェリクス殿下を促して、そっとその場を離れた。


 

 馬車で待機していた護衛騎士に後を託し、私たちは帰路へつくことにした。

 涙でべしょべしょのアニエスを見た彼らを慌てさせる一幕があったけど。

 事情を説明して納得してもらった。

 

 馬車へ乗る前に、もう一度後ろを振り返ってみる。

 ジェラルド殿下は未だに座り込んだまま、号泣していた。

 「エリィ……エリィ……」と呟きながら。

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