28. 精霊の導き(2) ◇
「シャンタル殿!?」
「お師匠様!」
シャンタル殿が突然上着を脱いだかと思うと、湖に飛び込んでしまった。
何がどうなったのか分からない。止める暇もなかった。
彼女は湖の中ほどまで泳ぐと、そのまま水中に潜っていった。
アニエスと二人、顔を見合わせる。
どうするべきか……。
逡巡しているところへ、馬車から叔父上が戻ってきた。
「お前たち、何をモタモタしているんだ。帰るんじゃなかったのか」
「シャンタル殿が湖に入ってしまったんです」
「何っ!?」
「お師匠様のことですから、大丈夫だと思うのですが」
「しかし、既に潜ってからかなり時間が経っているぞ」
「チッ。面倒な……」
叔父上は湖岸に歩いて行くと、そのままザブザブと水へ入っていった。
シャンタルを助ける気なのか。あの叔父上が?
「気に食わない相手とはいえ、溺れたご婦人を放っておくわけにはいかん」
「叔父上、助けにいくなら自分が」
「俺の方が泳ぎは達者だ。フェリクス、お前はあっちに待機している護衛騎士を呼んでこい!」
叔父上の言いつけに従って護衛騎士を呼びに行こうとしたその瞬間、ジャバッという音が聞こえた。
シャンタル殿が湖面に上がってきたのだ。
こちらへ向かって泳いでくる。辛そうな様子だ。
慌てて俺も湖に入った。
服が水を吸って動きづらいが、そんなことに構っている場合ではない。
叔父上と二人でシャンタル殿の手を掴み、なんとか岸へ引き上げた。
三人ともびしょ濡れだ。
シャンタル殿が、ゲホッと苦しそうに息を吐く。
走り寄ってきたアニエスが彼女の背中をさすった。
その背が震えている。
冷たい水に長時間潜っていたのだ、無理もない。
「温めないと……。待っていろ、すぐに火を起こす」
「それには及ばない。アニエス、服を乾かしてくれ」
アニエスが手をかざして「風の渦」と唱えた。
竜巻のような風が俺とシャンタル殿、叔父上を包む。
一瞬、息ができなくなる。
だがすぐに風は収まり、俺たちの服はすっかり乾いていた。
張り付いていた泥を手ではたくと、砂状になって落ちていく。
「ありがとう、アニエス」
「しかし、なぜ急に飛び込んだのだ?シャンタル殿」
「湖の中にこれが落ちていた。光精霊が教えてくれたんだ」
彼女の手には、ペンダントらしき物が握られていた。
碧色の宝石に金の装飾が施されている物だ。
泥に汚れてはいたが、鈍い金色が湖面からの光を反射してきらきらと光っている。
「そ、それをよく見せてくれ!」
ひどく狼狽した叔父上が、シャンタル殿の手から半ば強引にペンダントを奪い取った。
叔父上の手が震えている。
「これは……エリィの物だ……!」




