27. 精霊の導き(1)
数日後、私はリラ湖の畔にいた。
湖のそばには道路があり、そのすぐ横に切り立った崖がある。
しばらく進むと道が途切れた。
エリザベス殿が崖崩れに巻き込まれた現場だと、フェリクス殿下が教えてくれた。
年月の経過により土砂には雑草が生え、一見するとなだらかな斜面にしか見えない。
「で、どうするんだ、シャンタル殿。ここは既に捜索隊が調べ尽くしているだろうし、あれから十年経って土が固まってしまっている。何か見つかるとも思えないが」
「私にしかできない探し方がある」
私は光精霊を呼び出した。
手の上に、たくさんの精霊たちが集まってくる。
「光の囁き」
精霊たちが、方々へ向かって散っていった。
彼らには人間と繋がりのある物を探すよう、指令を出している。
失せ物の捜索によく使われる精霊術だ。
ただしこの術は、失って時間が経つほど効果が薄れる。
十年以上経っているとなれば、ほとんど役に立たないかもしれない。
だが、エリザベス殿は光属性の精霊士だった。
彼女の持ち物ならば、光精霊の痕跡が強く残っていた可能性がある。そこに賭けたのだ。
アニエスと手分けして精霊たちの動きを追ったが、進展はない。
数時間経っただろうか。
背後から「お前たち、そこで何をしている!」という声がした。
声の主はジェラルド殿下だった。
目を吊り上げ、ずかずかとこちらへ歩いてくる。
「叔父上。何故ここに」
「お前の姿が見えないので、側近を問い質したのだ。フェリクス、お前はここがどんな場所か分かっていて、この精霊士どもを連れてきたのか!?」
ジェラルド殿下が、私たちを指さして怒鳴った。
「叔父上。シャンタル殿は叔父上の為に、ここで捜索を」
「俺が、そんなことを頼んだか」
彼がこちらを振り向く。
その目には、剣呑な光が宿っていた。怒り心頭、という感じだ。
「シャンタル殿。他人が心に仕舞い込んでいる箇所へ土足で踏み込むのが、あなた方精霊士のやり方なのか?」
言い返すこともできなかった。
そもそも、私には何の関わりも無い話なのだ。
私としたことが、陛下の話を聞いて感傷的になっていたのだろうか。
「叔父上、それは余りな言い方で……」
「いや、殿下の言うとおりだ。すまない。余計な事をしてしまった」
「……ふん。分かればいい。さっさと立ち去ってくれ」
ジェラルド殿下は面食らった顔をした後、渋々とはいえ矛先を納めてくれた。
私が頭を下げたので驚いたのかもな。
何にせよ、ここは大人しく従おう。
「アニエス、引き上げるよ。……どうした?」
「お師匠様、あそこに精霊が」
アニエスが湖の中ほどを指さした。
よく目を凝らしてみると、放った精霊が一匹だけ、湖の上を飛んでいる。
土の上や湖岸ばかり探していたので、気づかなかったのだ。
あそこに、何かある……?
精霊は今にも離れていきそうだ。
痕跡が消えかかっているのだ。モタモタしている暇はない。
私は上着を脱ぐと、湖に飛び込んだ。
「シャンタル殿、何を!?」
「お師匠様!」
水は冷たく、身体に刺さる。だが、そんなことを気にしてはいられない。
私は精霊が飛んでいる辺りで、水中へ潜った。
透明度の高い水とはいえ、潜っていくほどに視界は悪くなってくる。
この辺は水深が浅いのが救いだ。崩れた土砂が流れ込んだのかもしれない。
底へ、底へと潜っていく。
湖底で何かが光っていた。
(ペンダント……?)
それは、金色を帯びたペンダントだった。
半ば埋まった状態だ。そのせいで湖面に浮かばず、ずっとここに在ったのだろう。
私はそれを引き抜こうとしたが、土の重みに邪魔をされた。
水精霊を呼び出そうかとも思ったが、あまり激しい衝撃を加えたらペンダントが壊れてしまうかもしれない。
両手で土をかき分けることにした。
息が持つだろうか。
こんなことなら、事前に風精霊を呼んでおくんだった。
自分の周囲に空気を纏わせておけば、長時間潜れたのに。
いったん湖面に上がって出直すか?
いや、ペンダントの放つ痕跡は微弱だ。
今見失ってしまったら、二度と見つけられないかもしれない。
息の限界まで、私は土を掘り続けた。




