23. 授業開始
今日は私の初授業の日だ。
ちなみに、アニエスは一人で王宮へ行っている。
ブリジット王女殿下と一緒に勉強すると言っていた。
特待生の転入試験が近いので、集中勉強会をしようとブリジット殿下が誘ってくれたらしい。
それは半分口実で、アニエスとフェリクス殿下が顔を合わせる機会を作ろうとしているんじゃないかな。
教室へ入ると、既に三十人近い生徒が待っていた。
先日見学した授業に比べるとかなり増えている。
生徒たちはじろじろと不躾な視線を向けてきた。
おそらく講師が大精霊士と聞いて、興味本位で受講したのだろう。
見世物じゃないよと言いたい所だが、生徒が増えるのは歓迎だ。
「私が精霊術の特別授業を担当する大精霊士シャンタル・フラメルだ。君たちは、すでに精霊術の基礎を学んでいるとユベール先生から聞いている。だから、私は実践的な内容を教えるつもりだ」
生徒たちはざわざわと顔を見合わせる。
ほとんどの生徒が精霊使いの素質を持たないため、ユベール先生は座学を基本としていた。
だから、特別授業では実践を中心にするつもりだ。
「なぜ私が大精霊士と呼ばれるかは知っているか、そこの左端の席の、赤毛の男子生徒」
「えっと、火水風土光闇の六属性の精霊を使えるから、でしょうか」
「その通り。例えば」
私は杖をわざとらしく振って、火の精霊を呼び出した。
「炎の燈」
精霊たちの灯した火により、空中に文字が浮かび上がる。
『精霊は常に我らと共にある』精霊術の始祖、サロモン・ダンドリューの有名な言葉だ。
「これが火の精霊術だ」
生徒たちから、おお~という感嘆の声が上がる。
よし、掴みは上々だ。
だがキラキラした目で私を見る男子生徒とは対照的に、一部の女子生徒たちはしらっとした表情だった。
特に真ん前に座っている縦ロールの女子生徒は「あんなの、子供騙しのお遊びですわ。何の役に立ちますの」などとのたまっている。
聞こえてるぞ。
いや、聞こえるように言ってるのか。いい度胸だな、あの娘。
それなら、これはどうかな。
私はハーブの束を取り出した。
「これはブリュエの花だ。この花には美肌効果がある。だが、ただ絞っただけでは効果が薄い」
私はをガラスの瓶を取り出すと、その上で花を手で握りつぶした。
絞り汁が瓶に注ぎ込まれる。
そこに杖をかざし、今度は水の精霊を呼び出した。
「水の聖練」
瓶の中の絞り汁が、青くゆらめいた。
そこから徐々に、澄んだ水が抽出されていく。
しばらくして静かになったガラス瓶から、別の瓶へ上澄みだけを移す。
「そこの右側に座っている金髪の女生徒。そう、君。こっちへきて、手を出してごらん」
呼ばれた女生徒は教壇の前に立ち、恐る恐る手を差し出した。
私は彼女の手の甲に、先ほどの上澄みを塗り込んだ。
「どうだ?」
「まあ!すべすべになりましたわ」
「この精霊術は、このように純度の高い抽出液を作成するときに使う。私もこの美容液を毎日使っているよ。おかげでこの通り、肌がすべすべだ」
私はぴちぴちと自分の頬を叩いて見せる。
それを聞いた女性徒たちの目の色が変わった。古今東西、女性が一番興味を持つのは美容だからね。
「先生、質問よろしいでしょうか。それは水の精霊術とお見受けしました。私のように、水の精霊属性を持たない者には使えません。それなのに、学ぶ意味はあるのでしょうか」
先ほどの縦ロールの女生徒だ。
なかなか辛辣だな。
「良い質問だね。確かに生まれつき、水の精霊属性が無い者には使えない。だが、精霊石を使えば可能だ」
私は、前もって用意しておいた精霊石を取り出した。
形はいろいろで、見た目は河原に落ちている小石のようだ。
精霊石といえば、普通は六面の形に研磨されている。これは、切り出したあとに残ったかけらなのだ。
「これは精霊石といっても、商品にならない屑石だ。この学園に通う君たちなら、容易に手に入れられるだろ?」
ここに通っているのは貴族か、裕福な平民の子息である。
安価な精霊石のかけらを購入することは可能だろう。
「精霊石を活用すれば、その属性を持たない者でも精霊術を行使できる。今から水の精霊石を配る。今日はこの石を使って、先ほどの美容液を作ってみよう」
「いやあ、大成功でしたね!さすがはシャンタル殿」
授業が終わると、後ろで見学していたユベール先生が勢いこんで話しかけてきた。
満面の笑みを浮かべ、私の手をとってぶんぶんと振り回す。
「うまく生徒の興味を引き出せて良かったよ」
「この調子でお願いします。もう、他の教師に精霊術は無用なんて言わせませんよ!」
そんなことを言われてたのか。
高等教育を行う学園の教師ですら、そんな考え方とは……。
先は長そうだな。




