22. 王妃様のお茶会
「もうほとんど精霊の痕跡は見られません。あと2回ほどこの治療をすれば、問題ないでしょう。念のため、しばらくヴァベイネ薬は飲んでいただくことになりますが」
国王陛下の治療のため、私は週に一回、王宮に通っている。今日はアニエスも一緒だ。
一時は命も危ぶまれた状態だったが、今ではすっかりお元気になった。
時々執務室に顔を出しては、側近たちに部屋へ連れ戻されているらしい。
「うむ。ところで、クレッタ鉱山の方もそなたが解決してくれたらしいな。苦労をかけた」
「鉱夫たちの症状は軽いものでしたので、それほど労はかかっておりません」
「それは不可解だな。精霊たちと接している時間は、鉱夫たちの方が多いはずだ。なぜ彼らより、私の方が重症だったのだろう」
「おそらくですが、陛下は鋭敏な感覚をお持ちなのではないでしょうか。精霊たちは、自分の姿を認識できる者へ寄ってくる性質があります。もしかすると陛下は幼い頃、精霊使いの素質をお持ちだったのかもしれませんね」
幼い子供は大人より感覚が鋭い。
実は、精霊の姿や声を感知できる子供は結構いるのだ。だが、大体は成長するにつれ見えなくなってしまう。
「なるほど。しかしその理屈ならば、精霊士たるそなたたちには、遙かにたくさんの精霊が付いているのではないか?」
「我々精霊士は、意識的に普段は精霊層との経路を通さないようにしてるんです。そうしないと、私なんて精霊たちに囲まれて、前も見えなくなってしまいますよ」
「想像するとなかなか面白い状況だな」
ひとしきり笑った後、私は陛下にお暇を告げた。
アニエスを促して退室しようとすると、侍従から話しかけられた。
「シャンタル殿、お手数ですがこの後、庭園の方へお越し下さい」
「庭園?」
「そうであった。王妃がそなたに会いたがっていてな。少しの合間、お茶につき合ってやってくれ」
庭園は王宮の中庭にあった。
今は春らしい華やかな花が咲き乱れている。案内された先は、その中にある東屋だった。
「あなたがシャンタル殿ね。私はこの国の王妃、エレオノールよ。夫の病気を治してくれたこと、私からもお礼を言いたかったの」
「もったいないお言葉です、王妃様」
柔らかく微笑む王妃様は、若いころはさぞやと思わせるような美貌の持ち主だった。
年齢を重ねて少しふっくらとはしているものの、瑞々しい肌とつややかな髪は、とても陛下と同じ年には見えない。
「こっちは娘のブリジットよ」
「お会いできて光栄ですわ、シャンタル殿」
王妃様の隣に立つ少女が、優雅にカーテシーをした。
フェリクス殿下よりは四、五才年下だろうか。王妃様によく似た、可愛らしい少女だ。
着席を促され、私たちはお茶の席についた。
王妃様は精霊士の仕事に興味を持っているらしい。
私から色々聞きだそうとする。
それなりに精霊の知識を持っているのは、さすが一国の王妃というところか。
「屋敷は気に入って?」
「はい、申し分のない住まいです。紹介して下さった使用人も優秀で、満足しております」
私たちの屋敷を選んでくれたのは王妃様だったらしい。
使用人も、彼女が信頼のおける伝手をたどって探してきて下さったとか。
「ここにいらっしゃいましたか」
庭園に入ってきたのはフェリクス殿下だった。
「フェリクス、あなたを呼んだ覚えはなくてよ」
「そうよ、兄上。せっかく女性だけでお茶を楽しんでいるのに」
「ひどいな。俺は除け者ですか」
フェリクス殿下が口を尖らせる。
いつもより幼いその表情は、17才という年齢相応に感じた。これが彼の素の顔なんだろうな。
「ところでアニエスさんは、学園の入学試験を受けるのですって?」
「あっはい。フェリクス殿下に教科書を頂いて、本当に助かりました」
「俺が昔使っていたお古だ。気にすることはない」
あれからアニエスは、入学試験に向けて猛勉強中だ。
試験の難易度は想定より高く、アニエスは四苦八苦している。
ハラデュールで王子妃教育を受けていたから、基礎的な学力は問題ないと思っていたんだが……。
学園から優秀な人材を多数輩出しているというのも頷ける話だ。
「それなら、特待生として入学できるよう、取りはからいましょう。これもお礼の一つね」
「で、でも。陛下のご病気を治癒したのはお師匠様です。私はお手伝いをしただけで」
「お前の薬のおかげでもあるんだよ、アニエス」
「その通りだ。材料の採取と調合……、君の功績は大きい。誇っていいんだ、アニエス殿」
あわあわと手を振って遠慮する彼女に、フェリクス殿下が優しく話しかける。
アニエスは頬を赤らめ、小さな声で「はい……」と返事をした。
特待生となれば、学費がかなり安くなる。
私としては有難い話だ。アニエスが断らなくて良かった。
「ねえねえ、シャンタル殿」
「なんでしょう、ブリジット殿下」
王女殿下がこっそりと私に話しかけてきた。
私は彼女に顔を近づけ、扇に隠れてヒソヒソと話す。
「あの二人、いい雰囲気だと思いません?」
「そうでしょうか」
「お兄さまったら、シャンタル殿とアニエス殿がいらっしゃる日はいつもそわそわしてるの。私、アニエス殿ならお兄さまの妃になってもいいと思うわ」
うーん。
正直、マティアス王子とのことがあったので、もう弟子を王族に娶せるのはゴメンだと思っている。
とはいえ、二人がもし想い合っているのなら、私がどうこう言う権利はない。
フェリクス殿下は性根のまっすぐな若者だ。自分が彼に好感を持っているのも事実。
ここは自然の成り行きに任せるとしよう。




