1. 精霊士
この世界には精霊が存在する。我々とは異なる層に済む彼らの姿を、普通の人間は目にすることができない。
しかし、稀に彼らと交信できる者が存在する。それが精霊使いだ。
魔力を持たない我々は、精霊の力を借りることでのみ魔法を行使できる。つまり、魔法を使えるのは精霊使いのみだ。そしてさらに長く修行を積み、精霊を自在に操れるようになった精霊使いを精霊士と呼ぶ。
「申し訳ございません、お師匠様。私のせいで」
「謝ることはないよ。悪いのは全部、あのバカ王子なんだから」
私の名はシャンタル・フランメル。大精霊士だ。ひどく恐縮した顔で頭を下げているのは私の弟子、精霊士見習いのアニエスである。
私がハラデュール国に来たのは十五年前だ。何か目的があったわけではない。気まぐれだった。持ち込まれる精霊絡みの相談へ乗っているうちに、この国でもまあまあ名が知られるようになった。
ある日、私の噂を聞きつけた孤児院の院長がアニエスを連れてやってきた。曰く、この子は精霊使いではないか、と。
精霊には火・水・風・土・光・闇の六種類が存在する。
大抵の精霊使いは、一つの属性しか持っていないが、二個以上の属性を持って生まれてくるものもいる。
二種類以上の属性を持つ精霊士を小精霊士、そして六属性すべてに属性を持つ精霊士を大精霊士と呼ぶ。
アニエスは精霊使い、しかも水・風・光の三属性の素質を持っていた。
私は彼女を引き取って弟子とすることにした。三属性の持ち主は貴重だ。よからぬ輩に利用される前に、庇護する必要があったのだ。
それから十年、アニエスと共に暮らしてきた。今では我が子のようなものだ。彼女と共にこの国に永住しても良い、とさえ思っていた。
元々が勤勉な性格だったアニエスは、精霊士見習いとしてみるみる才能を開花させていった。だがそこに誤算があった。国王が彼女の将来性に目を付けたのだ。そしてほぼ一方的に、第二王子マティアスとの婚約を言い渡した。
弟子は平民の生まれだ、王族に嫁げる身分ではないと必死に辞退したが、無駄だった。
マティアス王子がアニエスを大切にしてくれるのであれば、それも良いと思ったこともある。だがあのバカ王子は婚約者を見下して心ない言葉を投げつけ、これ見よがしに貴族の令嬢たちを侍らせた。令嬢たちの中には、王子との関係を声高に喧伝して、アニエスに嫌みを言う者もいたらしい。
最近、マティアス王子が侯爵令嬢と懇ろになっているという噂は耳にしていた。だが、まさか公衆の面前で、婚約破棄などという愚かな行為をするとは思わなかった。
思い出したら、また腹が立ってきたな。
「もう3、4発殴っときゃ良かった」
「お師匠様、そんなに殴ったらマティアス殿下が死んでしまいます」
冗談だよと伝えて、私は心配そうに顔を曇らせるアニエスの頭を撫でた。
「バカ王子との婚約が無くなったんだ。もうこの国にいる必要もないな。国外へ出ちまうか」
「国外といっても、どこへ?」
「なんたって、私は貴重な大精霊士だ。どこの国へ行ったって、やってけるよ。隣のラングラル国はあまり精霊を信仰してないらしいから、イヴァール国か、いっそヴェリテ国に行くのもいいな。あ、でもヴェリテにはスフィールの爺さんがいるんだっけ」
できれば、私と同じ大精霊士のいる国は避けたい。人の縄張りを荒らしたくはないからね。
悩む私の耳に、ジリリンと玄関ベルの音が聞こえた。
「来客?こんな時に」