18. 私の価値は ◇
私は牢の中にいた。
冷たい石畳の上には粗末なベッドと机があるだけ。格子がはめられた小さな窓から届く光は乏しくて、一日中薄暗い。
あの日、陛下に虚偽罪を言い渡されて、そのままここへ連れて来られた。
でもお父様が何とかしてくれると思っていたから、心配していなかったわ。
だけど、面会に来たお父様が「可哀想だが、お前とは縁を切る」と言ったの。
信じられなかった。
どういうことかと詰め寄る私に、お父様が教えてくれた。
陛下の怒りは凄まじく、侯爵領の一部を王家へ渡し、娘とは縁を切る条件で取り潰しだけは免れたこと。私のせいで、お兄さまの縁談も無くなったこと。
お父様と一緒に来たお母様は泣いていたわ。
帰ろうとする両親へ必死で縋ったけれど、「クラヴェル家を守るためだ。悪く思わないでくれ」と去っていった。
私は声の限り泣き叫んだが、牢番に「うるさい!」と怒鳴られるだけだった。助ける者も、慰めてくれる者もいない。
数日後、また面会者が来た。
牢の前に現れたのはマティアス殿下だった。
「マティアス殿下!助けに来て下さったのですね」
私は歓喜した。
お父様が、殿下は一代限りの公爵へ格下げになったと言っていた。
それでも構わないわ。
ここから出られるなら、喜んで公爵夫人になりましょう。
だけど、私を見下ろす殿下の目には憎しみが満ちていた。
「いいざまだな、ナディーヌ」
「殿下……?」
「聞いたぞ。貴様、この俺を騙していたのだな」
精霊石のことを聞いたのだ。
私はあわてて取り繕う。
「そ、それは……。どうしても殿下の寵を受けたくて」
「貴様を信じたおかげで、俺は王族から除籍となった。兄上には馬鹿にされるし、貴族どもは白い目で見てくる。全部貴様のせいだ。この売女が」
「殿下、そのような言い方はあまりに」
「こんなことなら、アニエスとの婚約を破棄するんじゃなかったよ」
殿下は吐き捨てるように言うと、踵を返した。
「待って、待って下さい、殿下!」
「この薄汚い牢が、貴様には似合いだ」
入り口の戸が乱暴に閉められ、牢はまた静かになった。
どうしてこうなったのか。
私は侯爵令嬢。高位の貴族か王族に嫁いで、皆の尊敬を受けるべき存在よ。
あの小憎らしい平民娘より、私には価値があるはず。
それが一生こんな、何も無い牢の中ですって?
そんなの、生きている意味がない。
平民どころか奴隷よりも無価値な存在だ。
この私が。
「あはははははは……!」
私は笑い出した。
だって、笑うしかないじゃない。あまりにも非現実的だもの。
涙をぼろぼろ流しながら、私は喉が枯れ果てるまで笑い続けた。




