16. 今後のこと
丸二日回復魔法をかけ続けて、ようやく国王陛下の意識が戻った。
とりあえず命の危険はなくなった。
さすがにヘトヘトだったので、一晩休ませてもらう。
翌朝から治療開始だ。
まず、アニエスが精製したヴァベイネ薬を陛下に飲ませた。
それと並行して光精霊を呼び出し、自分の目に宿らせる。
一時的に、身体の一部を精霊層に移す術だ。
目が慣れてくると、精霊たちの姿がよりハッキリと見えるようになった。精霊よけの香を嫌って近くまでは寄ってこず、遠巻きに部屋の隅や窓の外を飛んでいる。
陛下のお身体のところどころに、光を放つ箇所があった。特に耳の周りが多い。
今は、身体の一部が精霊層と経路が繋がっている状態なのだ。
この光がそれである。
私は慎重に、光っている箇所を消す術をかけていった。
一個、また一個と光が消えていく。
結局一度では取り切れず、何日か治療を繰り返した。
消したと思っても、また他の箇所に経路ができる。
それだけ深く繋がっていたということだろう。
数日経つと、陛下はベッドから身体を起こせるようになっていた。
あれだけ飛び回っていた精霊たちは、もうほとんど居ない。数匹飛んでいるが、これは元々王宮に居着いている奴らだろう。
もう大丈夫だ。
念のため定期的に診察に伺う約束を取り付け、陛下の体力回復については王宮医師へ任ることにした。
一週間後。
私は陛下に呼ばれ、国王の私室を訪れていた。
陛下はゆったりとしたガウン姿で長椅子に座っている。横には王太子アルフレッド殿下、後ろには王弟ジェラルド殿下とフェリクス殿下が立っていた。
「まだ本調子ではないのでな、こんな姿で失礼する。シャンタル殿。まずは此度のこと、礼を言う。そなたのおかげで命拾いした」
「はっ。陛下の御為に助力できたこと、光栄に思います」
「事情は聞いた。約束通り、我が国でそなたたちを受け入れよう」
「ありがとうございます」
これでようやく、この国に落ち着ける。
住むところを探さないとな。
手頃な賃料の家が見つかるといいけど。
なんてことを考えている私に、陛下がにこやかに話しかけた。
「ところで、今後のことは決めているのか?」
「まだ考えておりません。まずは生活を落ち着けてからかと」
「それならば頼みがある。我が国の精霊術は、他国に遅れを取っている。そなたの手で、精霊術を浸透させて欲しいのだ」
それは構わない。精霊術をこの国に広めることは、私にとっても益のあることだ。
だが、具体性に欠けていて何から手をつければ分からない。
「具体的には何を?」
「この王都に学園がある。ちなみに学園長はジェラルドだ。学生は貴族の子弟が中心だが、平民の子弟もいる。我が国はまだまだ人材不足だからな。貴賤を問わず、優秀な人材を受け入れているのだ。シャンタル殿には、そこの特別講師になってもらいたい。もちろん、給金も支払う」
「まずはこの国の未来を担う若者に対して、精霊術の知識を浸透させるということですね」
「そうだ。さすがシャンタル殿、理解が早い」
「陛下!お待ち下さい」
ジェラルド殿下が慌てた様子で口を挟んだ。
「ジェラルド、我が国民に精霊術の流布が必要なことは、精霊嫌いのお前でも分かっているだろう」
「ですが……」
なるほど。ジェラルド殿下は精霊がお嫌いなのか。
精霊や精霊士に偏見を持つ者は珍しくない。
陛下や他の王子は精霊に偏見が無い様子だが、なぜ彼だけがこんなに嫌悪を示すのだろう。
「分かりました。講師の件、引き受けましょう」
「では決まりだ。ジェラルド、手続きは頼んだぞ」
「はっ」
ジェラルド殿下が苦虫を噛み潰したような表情で答えた。
こりゃ、ちょっと苦労するかもなあ。




