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幕間5.1 litte little girl(1)

 その日、私はお師匠様の工房で片付けへ勤しんでいた。お師匠様はすぐに部屋を散らかしてしまうので、たまに私が整理しているのだ。扱いに注意が必要な薬なんかもあるから、私以外は触ることを禁じられている。


 お師匠様はといえば、行商人から変わった薬を手に入れたとかで、それを使って一心不乱に調合をしていた。

 私がフェリクス様と結婚したら、誰が工房を片づけるのかしら……と溜め息をついたそのとき。


 背後から物が倒れるガタンという音と、「わあっ」というお師匠様の声が聞こえた。


「お師匠様!?どうしたんで……」


 振り返った私は、目の前の光景に言葉を失った。




「シャンタルが調合中に事故を起こしたというのは本当かっ!?」


 そう叫びながら我が家へ飛び込んできたのはジェラルド殿下とフェリクス様だ。門の前に、へろへろになった馬と御者が見えた。全速力で走らせて来たのだろう。

 

「それで、シャンタルの容態は?まさか重篤な状態ではあるまいな!」

「アニエス。その女の子は誰だい?」


 フェリクス様が、私の腕に抱かれた幼女を見て不思議そうに聞いた。彼女はくりくりとした瞳で、目の前の二人をじぃっと眺めている。


「ええい、今はそんな娘に構っている暇はない。シャンタルはどこだ。寝室か!?」

「お師匠様ならここにいます」

「え……アニエス、何を言ってるんだ?」

「だから、この女の子がお師匠様なんです」


 二人は幼女をまじまじと見つめた後、「えええーっ!?」と叫んだ。



「つまり、調合していた薬を誤って浴びてしまったということか」

「はい。何でも若返りの薬と謳っていたらしくて。それでお師匠様が興味を持って材料に使ったみたいなんです」

「全く、人騒がせな……。怪しい薬に手を出すからだ。先日の香の件で懲りてないのか、シャンタルは」


 事情を説明してる間、お師匠様は暇そうに足をぶらぶらとさせていた。興味津々な様子のジェラルド殿下が「シャンタル、俺たちが誰だか分かるか?」と話し掛ける。


「うん!ジェラルドとフェリクスでんかだ!」

「記憶はちゃんとあるみたいなんです。性格は5才くらいになってますけど」

「ううむ。信じがたいが、本当にシャンタルのようだな……。アニエス、ちょっと俺にも抱っこさせてくれ」

 

 私から手渡されたお師匠様は、大人しく殿下の腕の中へ納まった。


「おお、軽い軽い。しかもこの愛らしいこと。シャンタルはこんな子供の頃から美人だったのだな!」

「叔父上、俺も抱っこしてみたいです」

「むむ。仕方ないな、少しだけだぞ」

 

 フェリクス様がうずうずしながらお師匠様へと手を伸ばした。

 その気持ちはよく分かる。陶器のように透き通った肌にふわふわの赤い髪、細い手足。子供になったお師匠様は人形のように可愛らしい。それなのに口調はちゃんとお師匠様で、しかも舌足らずなのだ。抱きしめてしまいたくなるくらい、可愛い。


 渋々といった感じのジェラルド殿下がお師匠様を渡そうとしたところ、彼女は「やっ!!」と叫んで殿下へしがみついた。

 

「シャンタル殿、フェリクスです。忘れたのですか?」

「やだっ」

「最初はアンナさんやセリアさんにもこんな反応だったんです。よほど気を許した相手でなければ、触られたくないみたいで」


 私の言葉が聞こえていないらしく、「俺はシャンタル殿に嫌われていたのか……?」とショックを受けるフェリクス様。それと対照的に、ジェラルド殿下は上機嫌だ。

 

「ほほう。シャンタルはそんなに俺が好きか?」

「うん!だいすきだぞ!」と明るく答えるお師匠様。


 これには私もフェリクス様も、目を丸くした。横に控えていたアンナさんも「まあ!」と驚いている。

 普段のお師匠様なら、絶対に言わないような台詞だもの。


「そうかそうか!俺もシャンタルが大好きだぞぅ~」

「やーん、くすぐったいー!」


 殿下にお髭をグリグリと擦り付けられ、お師匠様はきゃっきゃっと笑った。


「コホン。それで、シャンタル殿はすぐに元へ戻るのか?」


 フェリクス様はようやくショックから立ち直ったらしい。


「お師匠様は試薬として作っていただろうから、それほど強い薬にはしないと思います。おそらく数日で元に戻るんじゃないかと」

「ならば俺たちにできることはないな。叔父上、王宮へ戻りましょう。兄上にも状況を説明しないと」

「そうだな。アニエス、何か変わったことがあればすぐに遣いをよこすように」

「分かりました」


 私はジェラルド殿下からお師匠様を受け取ろうとした。

 だけどお師匠様はイヤイヤをして、小さい手を伸ばして殿下の袖を引っ張る。


「ジェラルド……かえっちゃうのか?」


 訴えるような眼で見上げるお師匠様。

 ジェラルド殿下はぷるぷる震えたかと思うと、彼女をぎゅうっと抱きしめて「俺はここへ残る!」と叫んだ。


「何を言ってるんですか叔父上……。仕事を放り出して来たんだから、そろそろ帰らないと兄上に怒られます」

「それならシャンタルを王宮へ連れて帰る!!」

「お落ち着いてください、ジェラルド殿下」

「こんな状態のシャンタル殿を衆目に晒したら、それこそ大混乱ですよ!」


 すったもんだの挙句、「離せっ、俺は帰らない!シャンタルぅ~~!」と暴れるジェラルド殿下をフェリクス様と護衛騎士さんが引きずって帰って行った。

 

 知らなかった。ジェラルド殿下って、あんなに愉快な方だったのね……。


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