132. 目覚めない弟子
「それで、アニエスの容態は?」
王宮の一室に、国王夫妻やアルフレッド殿下を始めとした王族が勢ぞろいしている。
私は彼ら目線を一身に受けながら事情を説明した。
あれから揺すっても叩いても、アニエスは目を覚まさないこと。
シモン大精霊士に精霊を飛ばして香のことを聞いたところ、直に調べないと確実なことは言えないが、おそらく被術者は望む情景を延々と見続けている状態ではないかということ。
「シモン大精霊士は解決策を提示してくれなかったのかい?」
「術を薄める薬を使うと良いかもしれない、とは言っていました。だが当人が『目覚めたい』と思わなければ効果はないだろうとも」
私だって違和感に気づかなければ、あのまま眠っていた……いや、眠っていたかった。そのくらい、多幸感のある夢だったのだ。
「まずは、シモンから聞いた薬を調合するために材料を集めているところです」
「完成するまではそのままの状態なのか……」
「しかも、それで確実というわけでもないのがな」
アルフレッド殿下とジェラルドが沈痛な面持ちで呟いた。フェリクス殿下は真っ青な顔で、口を開かない。
「件の香は、デルーゼの第三王子から渡されたものに間違いはないんだね?」
「はい」
「どういう意図かは分からないが……。王子妃に害を成したということは、我が国との対立姿勢を示したとも捉えられる」
「イヴォン殿下にそこまでの意図はないと思います。カンですが。あの少年に裏表があるようには見えませんでした」
イヴォン殿下は良くも悪くも素直な性格だ。アニエスに振られてショックを受けてはいたけれど、それで恨みを持つような子ではないと思う。
「王子がそうだとしても、国王陛下は?」
「あの方にラングラルと事を構える意図があるなら、面と向かって宣戦布告してくると思います」
「なるほど。つまり、仕込んだのは王家以外の者である可能性が高いということだね」
冷静に聞き取りを進めるアルフレッド殿下のおかげで、私の頭の中も少しすっきりしてきた。アニエスが目覚めないことで、私も相当に冷静さを失っていたようだ。
「申し訳有りません。私の落ち度です」
「いや、お前のせいではないだろう。危険物を持ち込んだのはデルーゼの王子だ。非はあちらにある」
「いいえ。これは貴方の失態ですよ、シャンタル。何のために貴方をデルーゼ訪問へ同行させたと思っているのですか」
「義姉上、それは」
「お黙りなさい、ジェラルド。だいたい、貴方はシャンタルを甘やかし過ぎです」
必死で私をフォローしようとするジェラルドだが、王妃様に叱られては黙るしかない。
まあ、甘やかされているのは事実だし。
「……シャンタル。この国におけるそなたの全ての任を解く」
ここまでずっと黙っていた国王陛下が、初めて口を開いた。
「兄上!まさか、シャンタルを放逐する気ですか!?」
「父上、シャンタル殿はもはやこの国になくてはならない存在ですよ」
「アニエスが目覚めるまでだ」
私へと向けられていた陛下の厳しい眼差しが、ふっと和らいだ。
……つまり、抱えている仕事は気にせず全力でアニエスを救えと仰っているのだ。
王妃様はやれやれという顔で「うちの男どもはシャンタルに甘いわねえ」と呟いた。
「ご配慮ありがとうございます、陛下」
「よしっ。精霊振興部と学園の方は俺に任せろ」
「調合に必要な資材や人材があれば、こちらで用意させるよ。フェリクス、手配を頼む」
「はい!」
おかげで調合に集中できる。陛下やアルフレッド殿下の配慮に感謝しつつ、私は薬の作成へと打ち込んだ。




