128. 熱帯夜(1)
「我が国の内紛に巻き込んで済まなかった。今回もそなたたちに助けられてしまったな」
疑いが晴れてようやく解放された私たちに、陛下が謝罪と礼を述べた。
またこの件については大々的に喧伝してくれたようだ。おかげで私たちは名誉挽回どころか、この国での評価が爆上がりしたらしい。
ヤン大臣は陛下が直々に処刑したと聞いた。可哀想なことだが、家族も連座で処刑されたらしい。ただし、サロメだけは助かった。
ヨランド様の機転で「サロメは父親への親愛より陛下への忠誠を取り、自らヨランド様へ父親の悪事を訴えた」ということにしたのだ。イヴォン殿下やアニエスが、彼女の助命を必死で嘆願したおかげもあるだろう。
解決に導けたのはサロメの行動によるものも大きいと陛下は判断し、彼女は平民落ちの上、国外追放と決まった。
ラングラルとの交易についても、陛下は拡大を約束してくれた。これで役目は果たした。
陛下やイヴォン殿下はいつまでもいてくれて良いと言ってくれたが、そろそろ帰らないと夏休みが終わってしまう。お暇すると伝えたところ、盛大なパーティを開いて下さった。
「シャンタル様、陛下がお呼びです」
パーティが終わってひと休みしている所へ、使いが呼びに来た。陛下は後宮の私室へ私のみ来いと言っているらしい。
なんだか嫌な予感がするなあと思いつつ、ニコルを伴って陛下のもとへ赴いた。
後宮なので男性のディオンはお留守番である。
アニエスのことはナタリーに頼んでおいた。フェリクス殿下から、くれぐれもイヴォン殿下と二人きりにしないように言われているのだ。ジュディットもいるし、まあ大丈夫だろう。
部屋の前で来訪を伝えると、側仕えが「シャンタル様のみお入り下さい」とニコルを止める。
「護衛として、シャンタル様のお側を離れるわけには」という彼女を大丈夫だからと諭し、私一人で部屋に入った。
中には陛下と側仕えが数人。
陛下が手を振ると、側仕えたちはそそくさと去っていく。
しかもこの香り……。
後宮で常に炊かれているミランの香だが、この部屋に充満している香りはかなり濃い。
嫌な予感が的中したようだ。
「シャンタル。近こう寄れ」
「はい」
下手に逆らって機嫌を損ねたら、今までの努力が水の泡だ。私は言われた通りに陛下へ近づいた。
「そなたの婚約者はどのような男だ?」
思いがけない質問だ。
どのようなって言われても……この場合、どう答えるのが正解なのだろうか?
陛下と同じ女好きのフェロモン野郎ですとか言うわけにもいかないし。
答えに窮している私に、陛下が畳みかけるように「余より良い男か?」と問いかけた。
「陛下より良い男など、世界中を探してもそうはいないでしょう」
「うむ、そうであろうな」
陛下は満足そうに頷いた。当たり障りのない返しをしたつもりだが、自分の方が男前なのだと思ったらしい。
そして陛下は右手を私の手の重ねた。大きくて逞しくて、熱さを持った手だ。
「シャンタルよ。精霊士としての力量もだが、どのような場でも物怖じせぬその胆力、そしてその美貌。そなたは類いまれな女性だ。是非、余の側に置きたい」
「私には婚約者が」
「婚約破棄の違約金ならば倍額、いや三倍出そう。そなたの婚約者が異を唱えるようなら余が黙らせても良い」
陛下が私の身体を抱き寄せる。
「そなたであれば、後宮一の寵姫となろう。望むものは何でも与えよう。何なら精霊研究所を新設し、そなたを所長にしても良い」
……良い待遇だ。
並の精霊士であれば、喜んで従うかもしれない。
だけどこのシャンタル様を手に入れるには、金も地位も意味がないんだよ、陛下。
私はそっと彼の身体を押し戻した。
「陛下。確かに、私の婚約者は貴方様より劣るかもしれません。でも、私にとっては世界一の良い男なのです」
「世界一、か……」
そう呟くと、陛下は私から手を離した。
これ以上迫ってくるようなら、精霊術で昏倒させるのもやむなしと思っていたが。話の分かる方で良かったあ……。
「ならば仕方あるまい。そなたにそこまで言わせる男ならば、一度会ってみたいものだ」
「ありがとうございます。機会があれば、夫婦でデルーゼを訪れると致しましょう」




