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126. やるしかない

「あれほど言ったのに失敗しおって。この役立たずが!」

 

 お父様に殴られた私は、床に倒れ伏した。頬からじんじんと痛みが伝わってくる。


「申し訳ございません、お父様……」

「あのアニエスとかいう娘をこれ以上のさばらせたら、イヴォン殿下の寵を受けてしまうぞ。そのくらいのこと、愚図のお前でも分かるであろうが!」


 昔は優しいお父様だった。

 私を可愛がってくれていたと思う。変わってしまったのはお母様が亡くなってから。


 第一夫人だった母の後釜として第二夫人から昇格したお義母様は、私へ冷たく当たるようになった。

 お義母様が長男である弟を産んだ後は、それがさらに酷くなった。着るものも食べるものも、妹や弟たちには良いものを与え、私に与えられるのは残り物だ。

 それを知っても、お父様は何も言わない。むしろ、お義母様と同じように私へ冷たく接した。

 

「お前の妹たちは、それぞれ王子たちに可愛がられているというのに。出来の悪い娘だ。誰に似たんだか」


 本来なら姉の私が王太子殿下の婚約者になるはずだったが、お父様は妹二人を王太子殿下と第二王子殿下へ、そして私をイヴォン殿下へと差し出した。

 妹は二人とも、お義母様に似て器量が良い。王子殿下の子を産むという役目がある以上、より美しい方を次代の国王となる可能性の高い上の王子へ嫁がせるのは当然だろう。

 

 私はずっと、みそっかす扱いだった。

 それでも以前は、イヴォン殿下との仲は悪くなかったと思う。表面的であるにしろ、彼は三人の婚約者を平等に可愛がって下さった。


 だがいつからか、殿下は私たちと会うのを嫌がるようになった。

 救いは婚約者全員に対して同じ扱いだったことだろうか。私たちは三人でよく慰め合った。私一人が嫌われたのでなくて良かったなどと、さもしい考えがあったのも事実だけれど。


 そこへアニエス様が現れた。イヴォン殿下は、ひどく彼女へ執着しているように見える。

 それに対して思うところは別に無い。アニエス様がいようがいまいが、私が殿下の寵愛を得られることはないだろうから。


 だが父上はお怒りだった。

 正直に言うと意外だ。王太子殿下も第二王子殿下も優秀で、第三王子であるイヴォン殿下が王位へ就くことは万に一つも無いだろう。だからこそ私なんかを婚約者にあてがったのだ。父にとって、殿下はさほど重要な駒ではない。


 ある日、父から「この瓶をアニエスの持ち物に仕込め」と、何かの液体の入った瓶を渡された。


「これは……?」

「お前は知らなくていいことだ」


 だけど彼女の側には、常に護衛と側近が付いていた。王宮にいる間は無理だ。ようやく機会が訪れたのは、シビーユ様の館へ招かれた時だった。側近の女が少しだけ席を外した隙に、アニエス様の鞄へとあの瓶を滑り込ませたのだ。


 その後、晩餐会で陛下の暗殺未遂事件が発生した。父はあの瓶があれば、アニエス様を犯人へ仕立て上げられると考えていたのだろう。


 だが、なぜか瓶は見つからなかった。父は私が失敗したと思いこんで激怒している。

 おかしいわ。確かに、鞄へ入れたのに。


「もう一度やれ。この策が上手くいけば、今度こそ王太子殿下が国王となるんだからな」


 そう言いながら、父はまた瓶を渡してきた。

 ここまでくれば鈍い私も、その意図に気づく。父の目的は、陛下を亡き者にすることだ。そしてその咎を、アニエス様に被せようとしている。


 恐ろしいことだ。臣下としてやってはならないことだ。


 だけど私は父に逆らえない。言うことを聞かなければ、父と義母から制裁を受けるだろう。

 やるしかない。


 アニエス様は王宮の一室に軟禁された状態だ。掃除人として潜り込もうかとも考えたが、顔を見れば私と分かってしまうだろう。

 そこで私は、洗濯室へ赴いた。


「なんだい、あんた新入りかい?」

「え、ええ」

「なら、そこの籠の中身を干しといておくれ」


 洗濯婦らしき使用人が私に命じた。使用人が着るような粗末な服で変装していたので、勘違いしたのだろう。ちょうどいい。

 

 洗濯物を干す振りをしながら広大な干し場を歩き回り、ようやくアニエス様のものらしき服を見つけた。後はポケットにでもこの瓶を仕込めば……。

 だけど瓶を取り出したところで誰かに手を掴まれる。振り向くと、若い女が私の手をねじり上げていた。


「な、何?離して!」

 

 女は有無をいわさず、後ろ手に私を縛り上げる。そして引っ張って行かれた先はヨランド様の部屋だった。


「そうであって欲しくはなかったのだけれど……。やはり貴方だったのね、サロメ」


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