117. デルーゼへ
夏休みに入り、私はアニエスと共にデルーゼへ向かった。
ジェラルドとフェリクス殿下は最後まで着いていくと言って聞かなかったが、国王陛下に叱られてしぶしぶ諦めたらしい。
訪問の同行者はアニエスの護衛としてナタリー、そしてシリル・ブランという男性騎士。シリルはナタリーの一歳上で、先日の御前試合で優勝した凄腕の騎士である。その腕を認められてアニエスの護衛騎士となった。
私の護衛にはディオンとニコルが付けられた。私やアニエスには馴染みのある二人なので、何かとやりやすいだろうという王妃様の心遣いだ。
そしてもう一人、最近アニエスの側近となったジュディット・エルフェ。
伯爵令嬢で、昨年王立学園を首席で卒業した優秀な娘である。本当は同じく側近であるイザベルが付いてきてくれれば心強かったのだが、エルヴスの公爵夫人であった彼女がラングラルの王宮に勤めていると知られるのは避けるべき、と王妃様が判断された。
偽名を使うことも考えたが、イヴォン殿下はイザベルと面識がある。親善訪問で痛くもない腹を探られたくない、ということらしい。
「ご安心下さい。ジュディットには、出来うる限りの知識を伝えておきましたから」とにこやかに言うイザベルと、ゲッソリした顔のジュディットが印象的だった。
アニエスもイザベルにかなり厳しく指導されたらしい。見た目は穏やかそうな女性なのに、意外だった。頼もしい。
出立して一ヶ月近く。どこまでも続くんじゃないかと思うほど広い砂漠を抜けて、私たちはデルーゼの王都ドゥアティアに到着した。
山間部にあるラングラルと比べるとデルーゼはかなり暑い。薄手の服にはしてきたが、容赦なく照りつける太陽に焼かれて蒸し焼きになりそうだ。
「ようこそ、デルーゼへ!」
不思議な曲線を描いた形状を持つ王宮の入り口で、アニエスと同い年くらいの少年が私たちを出迎えた。
きめ細かい肌と艶々とした髪、上質な布を惜しげもなく使った服を纏う姿に、高貴な身分であることは一目で分かる。彼はアニエスの手を取り、そのきらきらとした眼差しを向けた。
「お久しぶりです、イヴォン殿下」
「会いたかったよ、アニエス!遠路で疲れたろう?」
ほぉん。これが例のイヴォン殿下か。
さすがにこれは、アニエスを口説いたという護衛騎士の報告が正しいだろう。誰がどう見ても私の弟子に気がある。
「殿下、私のお師匠様を紹介させて下さい」
「お初にお目に掛かります、イヴォン殿下。大精霊士シャンタルと申します」
一礼した私を、殿下がじろじろと見つめた。だいぶ不躾な視線である。
「初めまして、シャンタル。アニエスが話していたとおり、凄い美人だね!これなら、きっと父上も気に入るよ」
何か不穏な台詞が聞こえたぞ。
容姿で気に入られたくはないのだが……。
イヴォン殿下の先導で、私たちは謁見の間へと赴いた。
やたらと広い部屋の奥、中央へ置かれた椅子にデンと腰掛けているのがデルーゼ王だろう。その横には側近や重臣らしき男性が数名並んでいる。
「余がデルーゼ国王、ザヴィエ・アシャールである。客人よ、遠くラングラルからよくぞ参った」
よく通る、低い声が広間へ響いた。親善大使であるアニエスがそれに答える。
「デルーゼの太陽にお目通り叶いまして、恐悦至極に存じます。ラングラルから参りました、小精霊士アニエスと申します。右隣に控えますのは、大精霊士シャンタルです」
「うむ。顔を上げよ」
国王の尊顔を間近で拝した私は驚いた。
彼は非常に整った顔立ちをしていたのだ。40代で女好きと聞いていたから、さぞや脂ぎった親父だろうと想像していたのに。
この国特有の浅黒い肌と高い鼻筋。その瞳はイヴォン殿下同様、濡れたようにきらきらしている。身体は引き締まっていて、上着からのぞいている胸は筋肉に覆われていた。
何というか……ジェラルドとはまた違ったタイプのフェロモン男だ。
「アニエスよ。イヴォンのみならず、ゼナイドの命まで救ってくれたこと、国王として、また父親として礼を言う。アシャールの人間は受けた恩を忘れん。そなたへの恩義、未来永劫語り継ごう」
「身に余る光栄でございます、陛下」
「そして、大精霊士シャンタル」
デルーゼ王の目が私へと注がれた。全身を舐めるように見られているのが分かる。
「”炎のアルカナ"の高名、我が国まで届いておる。そなたと相まみえたことを喜ばしく思う」
「光栄に存じます、陛下」
「デルーゼはそなたたちを歓迎する。好きなだけ、我が国へ滞在すると良い」




