116. 思いがけない再会 ◇
「側近……ですか?」
「ええ。貴方にもそろそろ付けないとね」
王妃様がそう仰った。すでに人選は済ませており、後は私との相性次第で決めるらしい。
今日は、その側近候補の方と面談する予定だ。
どんな方だろう。
王族の側近は、みな貴族の令息や令嬢だ。平民出身の私と、うまくやっていけるだろうか……。
そんなことを考えていた私は、「失礼します」という声と共に入ってきた女性を見て驚愕した。
「イザベル様……!?」
「アニエス様、お久しぶりでございます」
そこにいたのは、クレシアへの旅でお会いしたシニャック公爵の第二夫人、イザベル様だったのである。
「その節は大変失礼を致しました。それにも関わらずアニエス様へお会いさせて頂く機会を得られましたこと、王妃様には感謝のしようもございません」
そう言って深々と頭を下げるイザベル様。
私は訳が分からなくて王妃様の方を見るが、彼女は黙って見守っているだけだった。
「あの、どうしてラングラルに?それに、側近というのは……公爵のご指示ですか?」
「夫とは離縁致しました」
彼女は自分のした事を全て夫へ話して離縁を申し出た。当初、公爵は頑として離縁を受け入れなかったそうだ。
「そういうものよ。普段は粗略に扱っていても、失うとなると急に惜しくなるのよ」
驚いた私に対して、ふんっと馬鹿にしたように鼻を鳴らしながら王妃様が仰った。イザベル様は少し微笑んで話を続ける。
『私は今でも貴方を愛している。だからこそ、今の状況が辛い。この地獄から解放して欲しい』
そんな彼女の言葉を聞いた公爵はようやく自分のしたことに思い至ったのか、「済まなかった」と謝罪し離縁に同意した。
ゼナイド様はと言えば、涙を流して別れを惜しんだらしい。
「悪い方ではないのです。ただ、目下の者が何を思っているか、何に苦しんでいるかにお考えが至らないだけで」
ゼナイド様は餞別として宝石やドレスを大量に渡そうとしたが、丁重にお断りしてイザベル様は実家へ戻った。
だが実家は既に兄へと代替わりしており、彼女の居場所はない。そのためしばらくは領地で隠遁している両親の元へ身を寄せていたそうだ。そこへ王妃様からの手紙が届いた。そこには彼女の身を案じる言葉と、良ければラングラルで王宮勤めをしないかという誘いが書かれていた。
このままエルヴスにいても好奇の目に晒されるだけ。イザベル様は、思い切ってラングラルへ移住することを決意したのだ。
「そうだ、息子さんは?」
イザベル様には一人息子がいたはず。彼女が狂気にとらわれる切っ掛けとなるほど、愛していた息子が。
「ラングラルへ来る前に、レノーの留学先へ寄ってきました」
レノー様からすれば、母親に捨てられるようなもの。イザベル様は恨まれる事も覚悟で息子へ事情を話した。だが彼は「何もできなくてごめんなさい」とイザベル様へ謝ったそうだ。
父親が母親へしでかした心無い仕打ちを、レノー様も憤っていたらしい。だが子供の身では何もできず、母の身を憂慮していたそうだ。
自分も家を出ると言い張るレノー様に対して、イザベル様は『離れていても母子であることは変わらない、私はいつだって貴方の幸せを祈っている』と諭した。
必ず立派な公爵家の後継ぎとなる。そして、母上を呼び戻すとレノー様は約束してくれたそうだ。
「良い息子さんですね」
「イザベルがしっかりと育てたからに決まっているわ。彼女はね、学生時代とても優秀な成績だったのよ。シニャック家の内政や領地経営も、ほとんど貴方がやらされていたのではなくて?今頃、貴方がいなくなって困っているでしょうねえ」
王妃様は少し意地悪な笑みを浮かべている。あれだけシニャック公爵に腹を立ててらしたものね。
「私の仕事内容は全て書類に纏めて、ゼナイド様へお渡し致しました」
「まあ、人の良いこと」
「あの方はともかく、領民や使用人たちを苦境に陥らせるわけには参りませんから。とはいえ、慣れないうちはゼナイド様も苦労するでしょう。公爵家の正妻なのだから、その程度の苦労はしてもらわないと」
そう言ったイザベル様の眼には、面白がっているような光があった。
きっと、これが本当の彼女なのだ。賢くて、強かで。
「イザベルはエルヴスやデルーゼの内情にも詳しいわ。アニエスの側近には最適だと思うの」
「はい。イザベル様のご助力が頂けるのなら、頼もしいです」
「私などでお役に立てるのならば、全力でお仕えします。アニエス様、今後ともよろしくお願い致します」
話は決まった。
「早速だけど、デルーゼの訪問について知恵を貸して欲しいのよ」
「承知致しました。想定される質問とその回答案を纏めます。訪問までに、アニエス様には全て覚えて頂かねば」
そういうわけで私は出立する日まで、応答集に加えてデルーゼの国民性やしきたりなどをイザベル様から容赦なく詰め込まれたのだった。




