13. 王子たちの思惑
「それで?」
「シャンタル殿は父上の意識が戻るまで、回復魔法をかけ続けるそうです。アニエス殿は調合の準備をしています」
夕食の場で、俺は兄上と叔父上に現状を報告していた。
国王代理となった兄上は、溜まった仕事に忙殺されている。食事を持って行ってもほとんど手を着けず、机に向かっているらしい。心配した兄上の側近たちに相談され、報告があるからと半ば強引に食事へ誘ったのだ。
「薬の材料に、王宮の薬草庫には無いものがあるそうです。薬師によるとアルブの森に生えているのではとのこと。明日はアニエス殿をアルブへ案内する予定です」
「分かった。そうそう、お前が言っていたクレッタ鉱山の件、調べさせたよ。鉱夫に陛下と同じような症状の者がいるそうだ」
「やはりそうでしたか。では、鉱山は閉鎖を?」
「うん、しばらくはね。ミスリルの輸出についてはとりあえず在庫でしのぐが、あまり長期になると困るなあ。シャンタル殿にはそっちの対処もお願いしたいね。で、お前の目から見て、彼女は信頼できそうか?」
兄上の問いに、しばし頭を巡らせる。
シャンタル殿の精霊士としての実力が飛びぬけているのは、短い間だったが一緒に旅をして十二分に分かっている。だが、そんなことは周知の事実だ。兄上が知りたいのは、彼女の人品だろう。
「まだ接した時間が短いので何とも。ただ、精霊士という立場には誇りを持っていると見受けられます。自分の仕事には真摯に当たろうとする方ではないかと」
「ふん、どうだかな。相手は年増の精霊士だ。フェリクスのような若者を手玉に取るくらい、造作もないだろう」
叔父上が口を挟む。
俺と兄上は目を合わせて苦笑いをした。叔父上の精霊嫌いは筋金入りなのだ。
「叔父上。シャンタル殿には、こちらがお願いして来ていただいたのですよ」
「精霊士には、詐欺師まがいの連中も多いと聞く。今回の兄上のご病気だって、精霊の仕業に見せかけて我が国に取り入ろうとする策かもしれん」
「それはさすがに穿ちすぎですよ、叔父上」
放っておくと、延々と精霊士の悪口を言い続けそうだ。兄上が止めてくれ良かった。
「それより、ハラデュールの兵士が国境を越えた件の方が問題ですよ」
「そうだな。しかも王族であるフェリクスを攻撃したのだろう?愚かなことをしたものだ。戦を仕掛けたと疑われても反論できんぞ」
「しかし、俺が身分を偽っていたのも事実です。あちらもシャンタル殿を追って、思わず国境を越えてしまっただけで」
「そういう事を言っているのではない。もっと裏を読め、フェリクス」
叔父上がやれやれという顔をする。
「事情がどうあれ、国境を越えて王族に攻撃を加えた事実に変わりはない。つまり、我々はハラデュールの弱みを一つ、握ったということだ」
「弱み……」
「どうする?これをネタに、関税の引き下げを要求するか?かの国は、他国と比べて明らかに不当な高さの税率をかけているからな」
「いえ、父上がご病気の今は、他国と緊張関係になるのは避けたい。今回は抗議程度にしておくとしましょう」
俺は食事を口に放り込みながら、黙って二人の会話を聞いていた。
こういう駆け引きは性に合わない。
父上にもお前は生真面目すぎる、とよく言われている。
「フェリクス、お前は引き続きあの精霊士どもを見張るように。妙な動きをするようなら、すぐに報告しろ」
「また叔父上はそんな言い方を。フェリクス、失礼のないようにな」
「はい」
百戦錬磨のシャンタル殿が、油断ならない相手だという事は分かる。だけど、少なくともアニエス殿は違う。
あの真面目で自信の無さそうな少女に、裏の思惑があるとは思えなかった。




