112. 二人の時間
「この後は予定が無いんだろ?久々に外でお茶でもどうだい?」
「わあっ、いいですね!私、行きたいお店があるんです。ケーキがすごく美味しいって、ディアーヌ様が仰っていたの」
というわけで、王宮から退出した私とアニエスは王都で人気急上昇中だというカフェへ赴いた。
カフェのマスターは、私たちを見てすぐに個室へ案内した。同行していた騎士を見て察したのだろう。
婚約が正式に発表されてからというもの、私たちが外出する際には必ず騎士が一人同行することになっている。
自分の身は自分で守れると言ったけど、そうもいかないと窘められた。
私もアニエスも、常に守りの術を掛けた精霊石を身につけている。
それで完全に防御できるというわけではないが、少なくとも最初の一撃は防げる。その間に、精霊術で反撃なり待避なりすればいい。
ちなみに、国王陛下からの依頼でこの守り石は王族全員の分も用意した。男性はカフスやスカーフピン、女性は指輪やネックレスに加工して身に付けているそうだ。
上記とは別に、ジェラルドには守り石の指輪を渡した。以前に彼から貰った指輪に比べたら品質の劣る精霊石だけど、これでもかというくらい防御術を仕込んである。
守りの強さは君の愛の強さだな、なんて言いながらジェラルドは嬉しそうに受け取ってくれた。
「ん~美味しい!」
運ばれてきたケーキを頬張ったアニエスは、ほっぺたが落ちそうなくらいの笑顔になった。
この子は昔から甘いものが好きだ。引き取ったばかりの頃は食が細くて、何を食べさせれば良いのか悩んだっけ。それがお菓子を出したら、すっごい勢いで完食したんだ。懐かしい。
「私の分も一口食べるかい」
「いいんですか?実はそっちのケーキも気になっていたの」
ケーキと紅茶に舌鼓を打ちながら、色々なことを話した。
王子妃教育のこと、学園のこと、フェリクス殿下のこと。
「あ、そうそう。大事なことを聞き忘れていた。デルーゼの王子とやらの事を、詳しく聞かせて貰わなきゃね」
「本当に、お話しした以上のことは何もないんです」
色恋の機微に疎いわけではないのだが、この子は自分に向けられる好意には限りなく鈍い。多分、護衛騎士の言の方が正しいんだろうな。
フェリクス殿下は真っ直ぐな青年だ。策を弄したりせず、ただ愚直に自分の気持ちを伝えたのだと思う。だからこそ、その心はアニエスに届いたのだ。
「お師匠さまこそ、結婚の準備は進んでるのですか?」
「ぼちぼちだね」
私はアニエスが独り立ちしてから結婚するつもりだったのだが、王妃様から先に結婚するようにとの命が下った。そうすれば、アニエスは公爵家から嫁ぐという体裁を取れるから、らしい。
おかげで大忙しなのである。精霊振興部の仕事も増えてきたし、弟子とこんなにゆっくり話すのは久しぶりだ。
「お師匠様のドレス姿、すごく楽しみだけれど……こんなことを言うのは何ですけど、お師匠様と……あとアンナさんやセリアさんとも離ればなれになると思うと、少し寂しいです」
「私も同じだよ」
「お師匠様も?」
「ああ」
単に、住むところが分かれるからというだけではない。
血縁者であれば別々の家庭を持ったところで、親族という繋がりはある。だが私たちは全員、血縁でも何でもない。
ほんのひととき、一緒に生活しているだけの関係。だけど、そのか細い糸が今はとても愛おしい。
以前の私ならばそんなことは思わなかった。いや、思っていても認めなかったと言った方が正しいか。
「だけどね、短い時間とはいえ、私たちが一緒に楽しく暮らしていたという事実は変わらないよ。自分がそれを覚えていればいい。私はそう思うよ」
「そう……ですね。思い出は消えないですもんね」
「そうだ。それにね、お前が私の愛弟子だという事実も生涯変わらないよ」
そう言いながら頭を撫でると、アニエスはえへへと嬉しそうな顔をした。
ジェラルドが言った、愛した人と過ごした時間が自分の一部だという言葉の受け売りだけれど。
こんな風に話せるようになったのは、彼のおかげなのだ。




