109. デルーゼからの招待
「デルーゼへ正式訪問?」
共に王宮へ呼ばれた私とアニエスは、アルフレッド王太子殿下から切り出された話に目を丸くした。
「そうなんだ。アニエスを是非招待したいとの親書が届いてね」
精霊士試験のためクレシアへ向かう最中に、アニエスがデルーゼの第三王子を助けたという話は聞いている。その礼をしたいということらしい。
「デルーゼは世界で唯一の油石産出国だからな。国土は狭いが、かなり力のある国だ。そこの王子と友誼を結ぶとは、お手柄だぞアニエス」
「叔父上の言う通りだね。国交が無いわけではないけれど、貿易を拡大できるに越したことはない。王子の婚約者として赴いて、デルーゼの出方を伺って来て欲しい。王族としての初仕事というところかな」
「……貿易に関しては専門の外交官がいるでしょう。何もアニエスじゃなくとも」
「フェリクス。向こうはアニエスをご指名なんだよ」
おや。フェリクス殿下はご機嫌斜めのようだ。珍しいな、彼がここまで不機嫌を顔に出すのは。
「こやつ、イヴォン王子がアニエスを口説いていたと聞いて気が気ではないのだ」
「そ、そんなことはないです。きっと、イヴォン殿下はご冗談を仰っただけで」
「護衛騎士の話だと、至極真面目な風だったらしいけどね」
えっ、何その面白い話。聞いてないよ?
後でアニエスから詳しく聞き出さなきゃ。
「それなら俺が同行します!」
「デルーゼまで往復するだけでも二ヶ月だよ。そんなに長い間公務を放り出して、俺を過労死させる気かい?」
必死で食い下がるフェリクス殿下を、王太子殿下が窘める。
まあ気持ちは分からないでもない。ここは私が一肌脱ぐとするか。
そのイヴォン殿下とやらの顔も見てみたいし。
「そんなら、私が同行するよ」
「駄目だ!!!」
今度はジェラルドが立ち上がって叫んだ。
「何でだよ。私はアニエスの後見で、王弟の婚約者だぞ?同行者としてこれ以上の適任はないだろう」
「あそこの国王は、二十人近い側室を抱えている女好きなんだぞ!」
「お前よりもか?」
ブフッとアルフレッド殿下が吹き出した。フェリクス殿下も笑いをこらえて変な顔になっている。
「一緒にするな!俺は君以外の妻を娶る気などない。奴は側室に飽きたらず、側仕えや家臣の妻へすら手を出しているという噂もある。君のような美しい女性を見たら、触手を伸ばそうとするに違いない」
「親書には、良ければ大精霊士シャンタル殿にも来て欲しいと書いてあるけどね」
「なんだ。それならやっぱり、私が行くしかないじゃないか」
「なおさら怪しいではないか!きっとシャンタルを手篭めにして、大精霊士を自国で保有する腹づもりだ」
手篭めって……。
相手が同じ大精霊士でも無い限り、私を捕らえるのは難しいと思うぞ。
いつもの冷静な王弟殿下はどこに行った。
「ああ、心配だ……。よし、こうなったら俺が同行しよう」
「いや何言ってんですか。政務の引継ぎにご自分の結婚式の準備もあるんですよ、叔父上は。そんな暇ないでしょ」
「知るか!式は遅らせればいいだろう!」
なんか聞き捨てならない台詞が聞こえた。
「叔父上はシャンタル殿が絡むと、時々信じられないくらい阿呆になりますね……」
「なにおう。お前だって、フランセットに留学の話が持ち上がった際は泣いて暴れたではないか」
「そんな昔の話を持ち出さないで下さいよ」
「それなら、やっぱり俺が同行して……」
三人でぎゃんぎゃんと騒ぎ出して、収集が付かなくなっている。
私とアニエスは呆然とその様子を眺めていた。どうすんの、これ。
「議論はここまで。デルーゼにはアニエスとシャンタル殿が赴く。これは王太子としての決定事項だ」
アルフレッド殿下がぴしゃりと言い渡し、ジェラルドとフェリクス殿下は押し黙る。
おお。王太子殿下も威厳が出てきたじゃないか。
ようやく場が静まったのを見て、殿下は私たちへ向き直った。
「旅の準備に必要なものがあれば、側近を通して申請するように。学園が夏休みに入ったらすぐにデルーゼへ出発だ。二人とも、よろしく頼むよ」




