108. 私の願い
アニエスの婚約式の後は、盛大な夜会が開かれた。
一通り挨拶周りを終えた私とジェラルドは、そっとその場を抜け出した。
私たちがいると、どうしても話題の中心になってしまう。それは避けたい。今日の主役はあの二人なのだから。
行き着いた先は、王族の私用エリアにある庭園だ。
大広間の音楽がかすかに聞こえてくる。
「アニエスは立派だったな。後見として俺も鼻が高いぞ」
彼女は王子妃として精霊術の浸透、及び女性の働きやすい環境造りへ尽力したいと語っていた。
てっきり王家側が考えた文言だろうと思っていたのだが、アニエス自身の意見だとジェラルドが教えてくれた。
クレシアへの旅で、色々思う事があったらしい。
盛大な拍手と声援をあげる観衆に手を振る姿は、もう立派な王子妃だ。
子供というのは、あっという間に成長してしまうんだな。
聞こえてくる音楽が変わった。ダンスタイムだ。
「シャンタル。踊らないか」
芝居がかった仕草でジェラルドが私へ手を差し伸べる。
彼と初めて踊った、あの夜会の日を思い出す。
「もちろんだ」
彼の手を取って、踊りだした。
誰もいない夜の庭園で踊り続ける。
くるくる、くるくると回りながら。
「あの夜会の後、君に言ったことだがな。俺は半ば本気だったんだ」
踊りながらジェラルドが話してくれた。
夜会の後、彼が求婚じみたことを言った件だ。あの時私は、冗談と思って相手にしなかったけれど。
「そうだったのか」
「君の反応次第では、そのまま婚約へ持ち込むつもりだった。まさか、俺の求愛を断る女性がいるとは思わなかった」
「ふふ」
思わず笑みをこぼす。
女が誰しもお前の思う通りになると思っていたのなら、ざまあみろっての。
音楽が止んだ。
息を荒くして立ち止まった私の手を取り、ジェラルドが懐から出したものを指へと嵌めた。
左手を眺めてみる。それは、赤い宝石のついた指輪だった。
「この石はもしかして……」
「火の精霊石だ。ヴェリテから特別に取り寄せたものだ。君に似合うだろうと思ってな」
小ぶりな精霊石だが、非常に純度が高いことは分かる。私の手持ちの石にもこれほど質の高いものはない。
どれだけの金が支払われたのか、想像も付かない。
彼には与えられるばかりだ。私からは何も返せていないのに。
「……嬉しい。大事にするよ」
私はジェラルドの首に抱きついて、そう伝えた。
彼が一番喜ぶもので私に返せるものは、今はこれしかない。でも多分、正解。
果たして、彼は満面の笑みを浮かべて私の頭を撫でた。
ご満悦のようである。
「喜んでくれて良かった。君は装飾品も美術品も欲しがらないからな。何を贈れば喜んで貰えるのか、いつも悩みの種だ」
「お前から貰える物なら、石ころだって嬉しいよ」
「そんな愛らしいことを君の口から聞けるとは……。贈った甲斐があるというものだ。しかし困ったな。もっと貢ぎたくなってしまう。他に欲しい物はないか?」
「あまり散財しないでくれ。式に向けて、これからも物入りだろう?」
「問題ない。貯蓄は十二分にある」
ジェラルドは王族として手当ての他、王立学園長と文化省長官の分も禄を貰っている。
しかもここ十年は女遊びもせず仕事詰めだったため、貯まりに貯まっているらしい。
でもそれ、元は国民の血税じゃ……。
もちろん、彼が収入に見合うだけの働きをしてきた事は分かっているけども。
それに、欲しいものなんて本当に無いんだ。
お前さえ側にいてくれれば、それでいい。
「じゃあ、一つだけ。欲しいものというか、お願いがある」
「ああ、何でも言ってくれ。俺に出来ることなら何だって叶えてやるとも」
「長生きしてくれ」
ジェラルドが目を見開く。
一瞬の沈黙の後、彼は私を強く抱きしめて「……努力する」と囁いた。
これにて第二章は完結。第三章はデルーゼ訪問がメインになります。
このあと、幕間を数本上げる予定です。




