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107. 溺愛 ◇

「そこまで考えるよう至ったのには、何かきっかけがあるのではなくて?それを聞かせて貰えないかしら」


 私は、シニャック公爵家で遭遇した出来事について話した。ニコルさんの事情についてはぼかして、彼女が最後に話した「道は一つではない」という言葉だけを伝えた。

 だが王妃様は「そう……ニコルが……」と顔を曇らせた。

 きっと、彼女の婚約解消とその原因をご存じなのだわ。


「エルヴスではそんな非道がまかり通っているの!?」


 ブリジット様は怒りを露わにしている。

 エルヴスの第五王子殿下と婚約されているブリジット様からすれば他人事ではない、ということらしい。


「しかし国王陛下の指示とあれば、シニャック公爵も従うしかなかったんじゃないかな」

「うむ。それに若い妻に骨抜きにされる夫なぞ、珍しくもない話だ」

「あら。兄上と叔父上は、公爵の行いに間違いはないと仰るの?」


 ブリジット様がじろりと二人を睨む。


「そうは言っておらん。複数の妻を持つならば、波風が立たぬように等しく愛を注ぐべきだ。その度量を持ち得ないのであれば、イザベル夫人とやらをさっさと離縁して、しかるべき嫁ぎ先を見つけてやれば良かったのだ」

「そういう単純な話ではありませんよ」


 王妃様が扇をぱちん、と閉じながらきっぱりと言った。


「例え夫が側室にうつつを抜かしたとしても、自分が正室であれば立場と名誉は保証されます。ですが、イザベルはそれすらも奪われたのですよ。貴族夫人としてどれほど屈辱的なことか」

 

 エルヴスの公女であられた王妃様はシニャック公爵夫妻と面識があり、特にイザベル様のことは幼い頃から知っているそうだ。


「ゼナイド様の降嫁を耳にしてはいたのです。憤りはしたものの、私はすでにこちらへ嫁いだ身。他国の、しかも余所様のご家庭へ口出しすることはできません。ですが結婚当初の公爵夫妻はとても仲睦まじい様子でしたから、きっとこの苦難も二人で乗り越えるだろうと楽観的に捉えていたのです。まさかそのような状況になっていたとは……イザベル……辛かったでしょうに」

 

 目頭を押さえて嘆く王妃様の瞳には涙が浮かんでいる。その肩を、陛下が宥めるように優しくお撫でになった。


「それにしてもシニャック公爵、前々から調子の良い人だとは思っていましたが……。長く公爵家の為に尽くしてきたであろう妻に対して、この仕打ち。全く、これだから男という生き物は」


 王妃様が手にした扇をきつく握りしめる。扇の骨がミシミシと音を立てて、今にも折れそうだ。

 その剣幕を目にして、居合わせた殿方全員がうひぃという表情で肩をすくめた。

 

 

 "男という生き物は"という言葉が、棘のように引っかかる。

 フェリクス様だって今は私を好いていて下さるけれど……。それが永遠に続くとは限らないのかもしれない。

 そんなことを考えながら、彼の方をそっと見る。


「アニエス。フェリクスが浮気しないか心配なのかしら?」

「えっ、俺?」

 

 王妃様に見抜かれてしまった。

 そんなに顔へ出してしまってたかしら……。


「この子にそんな甲斐性は無いから、安心なさい」

「母上、その通りですけどもう少し言い方というものが……」

「ふふ。大丈夫よ、アニエス。ラングラン家の男はね、愛が重いことで有名なのよ」


 愛が重いとは?

 首を傾げた私に、ブリジット様が続ける。


「うちの家系の男性はね、代々の国王も王子も側室を持ったことがないのよ。生涯、一人の女性だけを溺愛し続けるの。子を授からなかった場合も、他で作るようなことはせず養子を迎えたらしいわ」

「その通りだ。アルフレッドとフェリクスは八歳も離れているだろう?なかなか二人目ができないことを憂慮した家臣どもが何度も側室をと進言したのだが、陛下が突っぱねたんだぞ」

「止めなさいジェラルド、子供たちの前で」


 国王陛下が慌てた様子で仰った。王妃様はと言えば、扇で顔を隠してしまわれている。

 照れてらっしゃるのだわ。

 

 庭園に、皆のひときわ明るい笑い声が響いた。


 


「ねえ、アニエス。さっきの話だけど。まだ俺が浮気するとか思ってる?そんなに信用できないかな」


 集まりがお開きとなり、帰ろうとした私をフェリクス様が門まで送って下さった。

 歩きながらそんなことを聞かれ、内心を打ち明ける。

 

「フェリクス様が誠実な方だということは、よく分かっています。でも、長く一緒にいたら、思いがけないことは起こり得るんじゃないかと」

「……全然分かってないじゃないか」


 フェリクス様はいきなり私を抱き寄せると、柱の陰に連れ込んだ。


「は、離して下さい。人に見られたら……!」

 

 後ろにいたパトリック様とロベール様はいつのまにか離れたところにいて、こちらへ背中を向けて立っていた。私たちを視界に入れないよう、かつ誰も近寄らないように見張っているのだ。

 それをいいことに、フェリクス様は私へ顔を寄せてくる。


「シャンタル殿から君の幼い頃の話は聞いた。だから、すぐに自信を持てとは言わないよ。だけど俺の気持ちだけは疑わないで」


 必死で逃げ出そうと藻掻くが、ぎゅうと抱きしめられて抜け出せない。


「分かってくれるまで離さないよ。まずは、君の好きなところを全部挙げていこうか?」

「わ、分かりました!分かりましたから、離して……」


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