106. やりたいこと ◇
王宮の庭園に、楽しそうな笑い声が響く。
集まった王家の方々の中心にいるのは、アルフレッド王太子殿下の妃であるフランセット様だ。彼女はこの春に王子をお産みになり、その後体調を崩して療養されていた。今日はフランセット様の快気と公務復帰を祝う集まりなのである。
フランセット様の隣には籠があり、王太子殿下の愛息エルネスト様が寝かされていた。
ぷくぷくのほっぺに生えたばかりの髪の毛がとっても愛らしい。
許可を頂いて、私とフェリクス様も赤子に触らせて貰った。
小さくて、強く触れたら壊れてしまいそう。
恐る恐る手を伸ばすと、エルネスト様が小さい手で私の指をきゅっと握った。
あまりの愛らしさに胸がきゅんきゅんする。
「可愛い……!」
「アニエスを気に入ったようだね」
「ブリジットのときも同じ反応だったな。若い娘が好きなのではないか?」
「えっ、叔父上みたいになったら困りますよ」
「全く同感です兄上」
「失礼だなお前たちは。第一、俺は女性の若さには拘泥しないぞ。年上は年上で良いものだからな」
「女好きは否定しないんですね……」
やいのやいのと騒ぐ殿下たちを、国王陛下と王妃様はにこやかに眺めている。だけどその視線はエルネスト様に釘付けだ。
初孫だものね。二人ともあまり表面には出されないけれど、きっと内心では可愛くて仕方ないんだわ。
「そうだ、アニエスに伝えなきゃならない事があったんだった」
アルフレッド殿下が私の方を向いて、そう仰った。
「婚約式で、王子妃として公約を話す事になっていてね。その内容を考えて欲しい」
「公約?」
「難しく考えなくてもいい。抱負みたいなものだ。詳細は側近にまとめさせるから、大筋でいいよ」
抱負、つまり私が王子妃としてやりたいこと。
……できるかどうかは分からないけど、考えていたことがある。
クレシアへの旅で立ち寄った、あのシニャック公爵家より立ち去ってから、ずっと。
「あの……私、女性が働きやすい環境を作りたいです」
「ご婦人の社会進出を推進したいということかな?」
「はい。それも独身の女性だけじゃなくて、結婚なさってて……例えばお子様が大きくなって手の離れたご夫人が、また働けるような場があればと」
一同の視線がこちらに集まっている。どもらないように気を付けながら、私はそう説明した。
「良い事だと思うわ!女性の社会的立場を高めることにも繋がるし」
「うん、俺も賛成だ」
「俺も悪くないとは思うけれど……。うるさ型の重臣どもが口を挟んで来ないかな」
ブリジット様とフェリクス様は諸手を挙げて賛成して下さった。一方、アルフレッド殿下は思案顔だ。
重臣はみな高位貴族で、かつお年を召した方が多い。女性は家庭に入って夫を支えるのが当然、という考えでもおかしくはない。
だからこそ、変えていきたいと思う。難しいことかもしれないけれど。
「何もすぐに政策へ反映するわけではないのだ。当たり障りのない文言にしておけば良かろう。俺も素晴らしい意見だと思うぞ、アニエス。我が学園にも優秀な女生徒は多いが、ほとんどが卒業後は家庭に入ってしまうからな。勿体ないとは思っていたんだ」
勿論、夫を支え家を盛り立てることも立派な仕事ではあるがな、とジェラルド殿下は付け加えた。
「そうですね。どういう方策を取るかは、おいおい考えるとしますか。如何でしょう、陛下?」
アルフレッド殿下が陛下にお伺いを立てた。全員が口を閉じ、陛下のお言葉を待つ。
「アルフレッドが良いと判断したのであれば、異論は無い。……アルフレッド、フェリクス。そしてフランセット、アニエス。これからのラングラルを背負うのはお前たちだ。お前たちの望むように、やりなさい」
陛下は目を細め、ゆっくりと語った。
自然と背筋が伸びる。アルフレッド殿下やフェリクス殿下も顔を引き締めて頷いていた。
「……アニエス。ひとつ聞いても良い?」
それまで無言で成り行きを見守っていた王妃様が私へ視線を向け、問いかけた。
「はい、王妃様」
「そこまで考えるよう至ったのには、何かきっかけがあるのではなくて?それを聞かせて貰えないかしら」




