11. ラングラルへ
「じゃあ元気でな、マティアス王子」
向こう岸で地団太を踏んでいるバカ王子を置いて、私たちは悠々と馬車を進めた。
今度こそ、あのバカ王子とはおさらばだ。ハラデュール国とも。
「すまない、橋を壊してしまった」
「元々、取り壊しを検討していたんだ。老朽化していて危険だったからな。壊す手間が省けた」
国境付近は山道だったが、ゆるゆると坂道を下っていくと広い平地が見えた。途中には畑があり、作物が鈴なりに鳴っている。肥沃な土地なのだろう
そのまま半日ほど進んで、エスタの街からラングラルへ入国した。
ちなみに入国の際は、正規の身分証明書を使った。もう身分を偽る必要がないからだ。
「お疲れのところ申し訳ないが、このまま王都へ向かう」
移動中も豪華な宿に泊まらせてもらったので、そんなに疲れてない。むしろ長時間の馬車移動で尻が痛い。こっそり尻に回復魔法をかけていたことは、皆には内緒だ。
その後四日かけて、私たちはラングラルの王都リフリールへ到着した。
王宮はリフリールの北端に位置している。中では、文官たちがキビキビと歩いていた。ハラデュール王城のような豪奢さはないが、清掃の行き届いた建物だ。
私とアニエスは、小振りな謁見室に案内された。
中央の玉座にはフェリクス殿下によく似た容貌の若い男性が座っている。王太子殿下だろう。
玉座の隣には、少し年嵩の髭を蓄えた男性が立っていた。殿下たちと同じ黒髪と服装から、こちらも王族であることが察せられる。
にこやかな王太子殿下とは対照的に、年嵩の男性は仏頂面だ。何だかこちらを睨んでいるような……。気のせいだろうか。
「私は王太子アルフレッドである。こっちは王弟のジェラルドだ。今は陛下がご病気のため、私が国王代理を勤めている。そなたが、大精霊士シャンタル殿か」
王太子アルフレッド殿下はよく通る、だが優しい声で私に問いかけた。
「はい。私が精霊士シャンタル・フランメル。こちらは弟子で精霊士見習いの、アニエス・コルトーと申します」
「ハラデュールでの経緯はフェリクスから聞いている。マティアス王子の所行は残念なことだ。だが、おかげで我々は大精霊士の助力を得られることになった。是非、このまま我が国へ……」
ゴホン、と隣に立つジェラルド殿下が咳をした。
王太子殿下は慌てて言い直す。
「そ、そうだな。まずは陛下のご病気を治すことが先決だ。無事に陛下が快癒された際は、そなたとお弟子殿の我が国への移住を認めよう」
なるほど。まだ王太子はまだ若い。手綱を握っているのは、あの王弟殿下のようだ。
謁見室を辞した後、私たちは奥の居住エリアへ案内された。表の執務エリアと違って優美な装飾が施され、歩き心地の良い絨毯が敷かれている。
私とアニエスにはそれぞれ、客間が与えられた。
侍女たちが私の服を脱がせ、風呂に入れてくれる。
自分でやれるからと断ったが、「これが私どもの仕事ですので」とにべもなかった。
他人に洗われるの、くすぐったくて苦手なんだよなあ。
ようやく風呂が終わってやれやれと休んでいたところに、使いが飛び込んできた。
「シャンタル様、お休みのところ申し訳ございませんが、すぐにおいで下さい。陛下の容態が悪化し、意識が戻らなくなったとのことです」




