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105. 収穫祭と初めての夜

「みな、よく集まってくれた。今年は幸いにも天候に恵まれ、例年にないほどの実りを得ることが出来た。これもここにいる皆と、そして民たちのおかげだ。今宵は収穫を祝い、存分に楽しもうではないか」


 大広間に集まった貴族たちが、陛下の挨拶に対して盛大な拍手と歓声を送る。


 今夜は大層な賑わいだ。ラングラルに来てから、こんなに貴族が集まっているのを見たのは初めてかもしれない。

 通常の夜会であれば、出席するのは貴族の当主とその夫人、嫡男夫妻だけの場合も多い。だが今日は、それ以外の令息や令嬢も多く参加している。

 年に一度の収穫祭ということもあるが、今日は陛下から重大な発表があるという噂が流れたから、という話だ。

 

 王家がどれほど箝口令を敷こうとも、人の口に戸は立てられない。

 フェリクス殿下とアニエスの婚約については、既に大部分の貴族が情報を掴んでいるのだ。

 当のアニエスはと見れば、ディアーヌや同級の女生徒たちに囲まれていた。楽しそうだな。旅の話に花を咲かせているのかもしれない。


「あら、ごきげんようシャンタル様。良い夜ですわね」

「ごきげんよう、シャレット侯爵夫人」


 侯爵夫人は私のドレスをチラリと見て眉を上げたが、何も言わなかった。目敏い彼女のことだ。これがアベマの店で仕立てたものより、数段上質であることを見抜いたのだろう。そして、ドレスの色が何を意味するのかも。



「今日は大事な発表がある」


 夜会が盛り上がってきた辺りで陛下の声が響いた。談笑していた参加者たちは会話を止め、国王の言葉を聞き漏らすまいと耳を澄ませている。


「先日、アニエスが精霊士試験に合格した。我が国で小精霊士(スート・マスター)が誕生したのは初めてだ。まずは彼女の研鑽に賛辞を送りたい。そして、ここに我が息子フェリクスとアニエスの婚約を発表する」


 わあああと歓声が上がる。

 「やっと発表になったか」なんて声も聞こえてきた。

 

「伝えたいことはまだある。我が弟ジェラルドだが、近々臣籍へ降下することになった。ジェラルドには公爵位を与え、アニエスの後見を申し付けるものとする」


 貴族たちが一斉にざわめいた。この情報は漏れていなかったようだ。

 

 シャレット侯爵夫人が「その手がありましたか……」と悔しそうに呟く。

 広間のどこかにいるであろうブルレック侯爵夫人も、同様の表情をしているんだろうな。


「最後に、もう一つ。ジェラルドと大精霊士(アルカナ・マスター)シャンタルの婚約を発表する。二人とも、今やこの国に無くてはならない人材だ。今後とも王家へ、そしてこの国の繁栄へ尽くしてくれるであろう」


 女性たちのきゃーっという悲鳴が聴こえた後、広間は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。



「やっと終わった……」

 

 あの後は祝いの挨拶に来る者やら、どういうことかと問い詰めてくるご夫人やらの対応でてんやわんやだった。中には興奮のあまり卒倒した女性もいた。どうやらジェラルドの熱狂ファンだったらしい。


「済まない。俺が美しすぎるせいで」


 芝居がかった手振りでそんなことを言うジェラルド。

 自分に酔ってやがる。


「ああ、全くお前のせいだ」

 

 彼を睨み付けてから、私は客室のソファにどっかりと腰を下ろした。

 既に夜中近い時間だ。

 遅くなるだろうと思って、事前に王宮の客室を予約(リザーブ)しておいて良かった。


「それにしても、いつもの客室じゃないんだな。こんな豪華な部屋、一人で使うのは気が引けるくらいだ」


 以前王宮に滞在したときは、賓客用の客室を使わせて貰っていた。

 今日はそこではなく、離宮にある一室だった。ソファや姿見のある部屋とベッドのある部屋の二つが繋がっていて、かなりの広さだ。


 本館の客室も立派だけれど、一度建て直しているらしく今風の内装だった。それに比べるとこの部屋の内装は重厚さを感じる。調度品は古いが品があり、よく磨かれていた。


「この部屋から眺める景色が素晴らしくてな。一度、君に見せたいと思っていたんだ」


 私は窓の側に立って外を眺めてみた。

 眼下には庭園が広がっていて、ほの暗い中に転々と設えてある灯がゆらゆらとした影を作っている。

 その中心には噴水があるらしく、静かな水音が聴こえてきた。


「確かに良い雰囲気だね」

「明るくなれば庭園に咲き誇る花が見えるぞ。夜とはまた違った良さがある。春が一番だが、秋の花々もまた美しい」

「ふうん。明朝が楽しみだ」

 

 ジェラルドがすすっと私に近寄ってきて、指で私の顎をすくい上げた。そのまま唇を重ねる。


「んっ……」


 互いに舌を絡ませ、熱い吐息が漏れる。

 唇が離れて、また触れて。何度も触れあった後、ようやく唇を離して見つめ合う。


「シャンタル。君が欲しい」


 その瞳に宿るのは、情熱と情欲の炎。

 視線が絡み、私の(はら)の中に灯がともる。まるで彼の熱が移ったかのようだ。

 

 肯定の意を込めジェラルドの首へ両手を絡める。

 そのまま横抱きに抱えられ、私の身体はベッドへと運ばれた。

 

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