101. 覚悟
騒ぎを聞きつけた侍女が王妃様を呼んできたようだ。私を囲んで騒いでいた女たちが青くなる。
「廊下の向こうまで声が聞こえましたよ。品の無いこと」
「げ、下品なのはこの女です!」
「そうですわ!私たちは話し掛けただけで」
「お黙りなさい。発言を許した覚えはないわ」
ぴしゃりとそう言われ、彼女たちは押し黙って下を向く。
王妃様は女たちの所属と名前を記録するように侍女へ命ずると、「シャンタル、貴方はこちらへいらっしゃい」と私をその場から連れ出した。
「ごめんなさいね、シャンタル。まだあのような手合いが残っていたなんて……。私の管理不足だわ」
「いえいえ。ありがとうございます。助かりました」
「それと、あの子に夜這い云々は洒落にならないからやめて頂戴」
世の中に女性多しといえど、ジェラルドを”あの子”呼ばわりできるのは王妃様だけである。
それにしても、洒落にならないとは?
「あの子が10代の頃……今のフェリクスぐらいの歳だったかしら」
当時――というか今もだが、ジェラルドは貴族から平民に至るまで、多くの女性たちから熱い視線を向けられていた。ある時、思い余ったメイドの一人が彼の寝室へ忍び込んだそうだ。
「それで、どうなったんです?」
王妃様は無言だった。
……なるほど。
美味しく頂いたんだな。あの野郎。
「味を占めたのか、そのメイドは勿論、他のメイドまで代わる代わるあの子の寝室を訪れるようになったのよ」
それだけ派手にやっていれば、いずれは人の口の端に上がる。
ついには先代の国王夫妻、つまりジェラルドの両親の知るところとなった。特に彼の母親である王妃は激怒したらしい。
メイドたちは王宮から追放され、ジェラルドはしばらく謹慎処分を言い渡された。そして、彼の部屋には強固な内鍵が付けられたそうだ。
言われてみれば、あいつの私室にはデカい閂がついていた。
随分厳重だなと思っていたが、そういうことだったのか。
「その後も、内鍵を突破しようとした女がいたらしいわ。むち打ちの刑に処した上で、追放したそうだけれど」
なんて根性のある夜這いだ。ある意味尊敬する。絶対に真似はしたくないけど。
「あの子のそばにいる以上、今後も今日のようなトラブルに巻き込まれるわよ。シャンタル、貴方はそれに耐えられるかしら?」
彼女は私の目をじっと見ながら、威圧するように話しかけた。
王妃様は私の覚悟を問うているのだ。
だけど私だって、生半可な思いで彼の求婚を受け入れたわけじゃない。
「全く気になりませんよ。なんせ長く生きていますからね。お嬢さんたちの雑言なんて、私にとっては小鳥の囁きのようなものです」
「……そう。そのくらい図太くなければ、あの子の妃は務まらないわね」
図太いって言われた。
いや、その通りなんだけど。
馬の骨やら図太いやら、今日は散々な言われようだ。
「いいでしょう。次の収穫祭で、フェリクスとアニエスの婚約を正式に発表する予定なのは知っているわね?それと同時に、ジェラルドと貴方の婚約も発表します」




