99. 小精霊士 ◇
「うーん……」
「アニエス様!気が付かれましたか」
目の前に心配そうな顔のニコルさんがいる。私は開きたがらない瞼を開けるべく、目をしばたたかせた。
顔を上げて周囲を見回す。私の身体は宿舎のベッドに寝かされていた。
えーと、光の塔を出たところまでは覚えているのだけど……。
「塔の前でお倒れになったのです。シモン様が私どもの所まで、アニエス様を連れてきて下さいました」
三日連続で精霊術を限界まで使ったのだ。消費した生命力に、身体の方がついていかなかったのだろう。しばらく寝ていれば回復するとシモン様が仰ったそうだ。
そういえば昨年サージュ山の魔石を浄化した後、昏倒したお師匠様は丸二日間眠っていた。あの時はもしこのまま目を覚まさなかったら……と考えて不安で不安で仕方なかったわ。
ようやく目を開けたお師匠様は開口一番「腹減った」なんて暢気に言うものだから、脱力したっけ。
そこまで考えて、自分も空腹であることに気づいた。減った生命力を補うのは食事と睡眠だと改めて思う。
それにしても、シモン様にご迷惑をお掛けしてしまったわ。
あとでお詫びしておかないと。
「あっ、無理に起きあがってはなりません」
「もう大丈夫よ。それより、何か食べるものはないかしら」
「えっ……はい、分かりました。すぐに」
持ってきてもらったパンとスープが、すごく美味しく感じる。二回もお代わりして、ようやく人心地がついた。
「体調は問題ないかの?」
「はい、すっかり回復しました」
「よろしい。では、これより昇位の儀を行う」
翌日、私は精霊士昇格の承認をもらうため、神殿へと赴いた。
シモン様の後について長い廊下を歩いていく。
聖堂が近づくにつれて、心臓のバクバクという音が大きくなる。
儀式の流れは先ほど教わったけれど、緊張して言い間違えたらどうしよう。
「シモン、及び精霊士見習いアニエスが参った。謁見の許可を願う」
シモン様の声に応じて、聖堂の扉が中から開いた。
中央に敷かれたカーペットの両側に、杖を携えた神官が並んで立っている。
私たち精霊士が持つ杖より、随分長い。彼らの背丈を超えるほどだ。
そして、彼ら神官の最奥に立つ方。
精霊教の現教皇、サミュエル・ラファラン様だ。
床まで引きずるような白く長い衣を来て、左手には神官と同様に杖を持っている。
お年はシモン様と変わらないくらいだろうか。とても威厳のある佇まいだ。見ているだけでこちらの身が引き締まる。
カーペットを歩むシモン様に続いて、私も歩みを進めた。
静寂の中に私たちの足音だけが響く。
聖堂の中には、たくさんの精霊が舞っていた。
精霊教の神官は精霊使いではないので、彼らとは意思疎通どころか、視ることすらできないらしい。それでも、精霊たちは神官たちの周りに集まっている。
長年精霊を信仰してきた神官は、私たち精霊士とはまた別の意味で精霊に愛されているのだとお師匠様が仰っていたっけ。
教皇様の御前まで近づいた私は、その場で膝を付いた。
「名を」
「ラングラルから参りました、精霊士見習いのアニエス・コルトーと申します」
「どの試練を成し遂げたか、語れ」
「水、風、光の試練に合格致しました」
「シモン、相違ないか」
「はい。確かに合格したことを見届けました」
「よかろう」と仰った教皇様は私へ歩み寄った。手に持った杖が、私の頭へと押し当てられる。
「アニエス・コルトー。そなたを水、風、そして光の精霊士と認める」
そして杖を地面に打ち付け、高く持ち上げた。
「小精霊士アニエスに、精霊の加護と祝福のあらんことを」
神官たちが同じように杖を持ち上げ、「「「「精霊の加護と祝福のあらんことを!」」と叫ぶ。
教皇様がシモン様に向かって何やら合図をする。
シモン様が杖を振ると、聖堂に屯っていた精霊たちが一斉にどこかへ散っていった。
色とりどりの精霊たちが花火のように散っていく様はとても美しい。
見とれて呆けていた私に、シモン様が厳かに語り掛けた。
「あの精霊たちは、新しい精霊士の誕生を知らせに行ったのじゃ。この世の全ての、精霊士にな」




