98. 光の試練 ◇
「そなたが受験者か。私が光の塔の案内人、カルリィだ」
最後は、光の試練だ。
案内人は光り輝く長髪を持つ、威厳のある人工精霊だった。見た目は女性だけれど男性のような言葉遣いだ。
「ここまで来られたということは、それなりの修練を積んできたのであろうな。では、その成果を見せてもらおう」
まずは水や風の塔と同じく、円形の壁に囲まれた部屋。
その壁に、六個の精霊石が等間隔に埋め込まれていた。私のいる場所の反対側に次の扉がある。
「まずは一つ目の試練だ。あの扉を開きなさい」
扉は固く閉じられている。当然、手で開けられはしないだろう。
おそらくあの六個の精霊石が鍵だ。
精霊石へ近づいてみると、石の下部に彫り込みがあることに気付いた。丸印とそこから派生するような斜線が数本。
……もしかして、光を表しているのかしら?
他の石にも同じような彫り込みがあった。違うのは、丸の数だ。
一から六までの丸。つまり……。
「光の灯火」
詠唱に応じて目の前の精霊石が光り出した。
残りの精霊石も、丸の数の少ない方から光らせていく。
六個目を灯したとき、ギィィという音と共に扉が開いた。
「うむ、よろしい。では、次の間へと進みなさい」
扉の先は螺旋階段になっていた。
円を描く階段を昇っていくが、なかなか次の階へたどり着かない。どこまで登るんだろう。足がきつくなってきた。
ようやく到着した先は、ほぼ真っ暗な部屋だった。向こう側がぼうっと光っていて、そこに扉があることだけは分かる。
「二つ目の試練は、あの扉までたどり着くことだ。足元には留意せよ」
地面に障害物でもあるのだろうか?
一歩先もよく見えないこの状態で歩いたら、転んでしまいそう。
私はそろりと右足を踏み出す。次に左足を踏み出そうとして驚いた。
床の感触が無い。
慌てて足を引っ込めて、「光の灯火」を唱えた。
自分の周囲が少しだけ明るくなる。
床に大きな穴が開いていた。
それは部屋全体に広がっていて、とても足で跳んでいけるような距離ではない。穴の下は暗くてよく見えないが、落ちたらただでは済まないだろう。
しばらく途方に暮れてしまった。
二つ目の試練といえば。昨日、シルフィに注意力が足りないと言われたっけ。
私は身を屈め、穴をじっくりと眺めてみた。
「ん?縁に何か……」
穴の縁に植物の蔓が絡まっていた。
ものは試しだわ。
「光の促成」
術をかけられた蔓がみるみるうちに延びてくる。それらが絡まって、私の前に道が出来た。
多分、これが正解なのだ。
私は出現した道の上を、おっかなびっくりで歩き出した。これ、途中で壊れたりしないよね……?
数歩進むと道が途切れていた。
光の促成を唱えると、新しい道が表れる。それを繰り返し、数歩ずつ進んで行った。
「はあ……。やっと着いた」
ただでさえ術を掛けながら進む上に、迷路のような道になっていたのだ。行ったり来たりしていたので随分時間がかかってしまった。
「たどり着いたか」
「すいません、遅くなってしまって」
「慎重なのは良いことだ。それでは、最後の試練だ」
これが、本当に最後の試練になる。
次はどんな怪物が待っているのだろう。
意を決して、私は扉をくぐった。
水や風の塔と同じく、だだっぴろい空間に出た。
壁の祭壇と、それを挟むように剣を持った巨大な石像が二体立っている。
なんだか、ひどく嫌な感じがするような……?
私が祭壇へ近づこうとした途端。轟音を立てながら、石像が動き出した。
右の一体が私へ向かって剣を振り上げる。さらに左の一体もこちらへ近づいてきた。
間一髪、逃げ出した私のすぐ近くに剣が落ちた。床石が砕け、破片が飛び散る。
「精霊石に触れるためには、石像を止めなければならない。そなたに出来るかな?」
石像は挙動が遅いので、避けるのは難しくない。だけどニ体同時に攻撃してくるため、逃げるので精一杯だ。
どうすればいいのだろう。
今まで習得してきた精霊術。その中に答えがあるはずなのだ。
私は剣を避けて走り回りながら、頭の中で習ったことを反芻した。
そうだ。先ほど感じた嫌な感触には、覚えがある。
何だったっけ?あの、背筋がぞくぞくするような悪寒。
ごく最近だったような……?
私は唐突に思い出した。
あれは。シニャック公爵家で、魔石を前にしたときと同じ感覚だ。
ならば、やることは分かった。
私はその場で立ち止まった。右手を伸ばし、光の精霊を呼び出す。
近づいてくる二体の石像。
恐怖に震える足を押さえつける。もっとだ。もっと引き付けないと。
石像が私を斬り付けるべく、剣を振り上げた。
「光の浄化!」
浄化の光が二つの石像を包み込む。
その動きがゆっくりになり、やがて動かなくなった。
「はぁ、はぁ……」
緊張が解け、へなへなとその場に座り込む。
カルリィがふわりと私の前に降りてきた。
「合格だ。そなたの術、なかなか見事であった。さあ、祭壇へ」
「はい。カルリィ様、ありがとうございました」
「礼には及ばない。訪問者をここまで導くのが私の仕事なのだから。……だが、礼儀正しい者は嫌いではない」
その表情がほんの少し、緩んだ気がした。
私は祭壇の前に立って精霊石に触れる。
「若き精霊士よ。そなたに精霊の加護があらんことを」
その言葉を聞き終えた後、私の身体は塔の入り口へと戻っていた。
「おお、戻ってきたか。これで全て合格じゃの。よう頑張った」
ニコニコしながらシモン様が仰った。その優しい表情に、緊張がほぐれていくのが分かる。
あれ?なんだか身体がふらつくような……。
「あっ、これ!大丈夫か!?」というシモン様の叫びに答えようとしたけれど、もう口を開くこともできない。目の前が真っ暗になって、私はその場へ崩れ落ちた。




