95. 精霊の塔(2) ◇
翌朝、私はシモン様と共に迎えにきた馬車へ乗り、精霊の塔へ向かった。ディオンさんとニコルさんは馬に乗って随行してくれている。
「まずは水の塔じゃ。先月も、フォラントから精霊士見習いが受験に来ておったの」
試験に合格した後、教皇様から正式に承認を頂いて初めて精霊士と名乗れる。それ以外に精霊士となる術はない。そのため、世界各地から受験者が訪れるのだ。
その見届け人が、精霊の塔の管理者。すなわちシモン様である。
属性が無い塔には入れないため、管理者は六属性全てを持つ大精霊士しか勤めることはできないのだ。
「わしも年だからのう。いい加減、他の者に任を譲りたいんじゃが」
だいぶ前に管理者の後任をお師匠様に打診したけれど、笑い飛ばされたらしい。
「そ、それは……うちのお師匠様が申し訳ありません」
「いやいや。そもそも、あのはねっ返りに神殿勤めができるとも思えん。わしの人選ミスじゃよ」
それはそうだ。
お酒が大好きで喧嘩っ早くてだらしのないお師匠様が、神殿で大人しくしている様子なんて想像できないもの。
馬車が塔の手前で止まった。降りたところから、細いくねくねとした道が塔へと続いている。
「お付きはここで待機していなさい」
「我々はアニエス様の護衛です。塔へは入れないにしても、せめて入り口で警護を」
「ここから先は聖域。精霊士とその見習い以外は入れぬ」
食い下がるニコルさんとディオンさんに対して、シモン様は優しく、でもきっぱりと言い渡した。
心配してくれる二人には申し訳ないけれど、それがしきたりなら従うしかない。
私は大丈夫だから、と彼らに手を振り、すたすたと歩いていくシモン様の後を追った。
外からは細い塔に見えていたけれど、近くで見るとかなりの大きさだった。上になるほど細くなっていく円錐形で、所々に蔦が張り付いている。かなり年代物の建物だと思う。
道の突き当たりに扉があった。塔の入り口だ。
固く閉じられたその中央には、手の平より少し大きな石版が填め込まれている。
「アニエス。その石版へ触れて、水の精霊を呼び出しなさい」
私は扉の前に立ち、右手で扉に触れた。
私の意に応じて精霊たちが集まってくる。
そして、石版が薄く光を放ち始めた。
「もっとじゃ。水の精霊の強い加護がなければ、この扉は開かぬ」
強く念じる。
精霊さんたち、力を貸して。
精霊の数が増えるほどに、石版の光が強くなっていく。
一瞬、目の眩むようなまばゆい光が放たれた。石板が中央からパカッと割れ、ゴゴゴゴという音を立てて扉が開いた。
「ふむ、開いたの。ここから先は一人で行くのじゃ。塔の最上階にある精霊石へ触れれば合格。途中で棄権、もしくは夕刻までに出てこなければ失格とする」
「はい」
「では、中に入りなさい。なに、心配する事は無い。案内する者がいるから、その指示に従えば良い」
シモン様に一礼して、私は塔の中へ足を踏み入れた。
背後で扉が閉じる音がした。身体が暗闇に包まれ、何も見えなくなる。
だけど目が慣れてくるにつれて周囲の状況が見えてきた。
壁にはめ込まれた精霊石がほんのり光っているのだ。おかげで、何とか足元は見える。
すぐそばに、上と続く階段があった。
とりあえず前に進むしかなさそうだ。私は壁に手をついてゆっくりと階段を昇った。
二階に到着したところで「いらっしゃい。受験者ね?」という声がした。
そこには、ふわふわと浮かぶ小さな精霊がいた。
透き通った髪に、衣のように水を纏った女性のような姿。
「私はウンディ。水の塔の案内人よ」
「アニエスと申します。よろしくお願いします」
「ふふ。可愛らしい精霊使いね。嬉しいわ。最近の受験者はむさ苦しい男ばかりだったもの」
今まで見てきた精霊は決まった形を持っていなかった。羽虫のようだったり、光る固まりのようだったり。こんなにはっきりと人型を保った精霊は始めて見る。
「私はね、人工精霊なのよ。ずうっと昔に作られたの」
考えていたことを見抜かれたらしい。彼女がそう教えてくれた。
人工精霊。
話には聞いていたけれど、見るのは初めてだ。なぜなら、それは失われた技術だから。今のところ、人工精霊を新しく作ることに成功した精霊士はいないはずだ。
この塔が建築された大昔、一緒に作られた。それからずっと護り手としてここに住んでいるのだ、と彼女は語る。
「ここでは三つの試練を受けてもらうわ。全てをクリアしないと外には出られない。覚悟はいい?」
私は「はい」と頷いた。
「それじゃあ、一つ目の試練よ」




