94. 精霊の塔(1) ◇
エルヴス国から出発して2週間。
私たちは、ようやく目的地であるクレシア教国に到着した。
クレシア教国は、精霊教の教皇を君主とする宗教国家である。国土はとても小さくて、ラングラルならば貴族の領地一つ分くらいの広さらしい。
そして、その狭い国土の周囲をぐるりと囲むように六つの塔がそびえ立っている。
「あれが、精霊の塔……」
「話には聞いていましたが、こうして見ると壮観ですね。試験はあの中で行われるのでしょうか?」
ええ、と私はニコルさんの問いに頷く。
クレシアには精霊の六属性にちなんだ塔があり、そこで試験が行われるのだとお師匠様が言っていた。
私は三属性しか持っていないから、入れる塔は三つ。その全てに合格しないと精霊士にはなれない。
クレシアの中心部へ向かう道を、馬車がゆっくりと進む。
その先には山型を描いたような形の大きな建物があった。精霊教の本山であり、教皇様がいらっしゃる神殿だ。
神殿の受付で名前を告げる。
しばらくして、裾の長い衣服を着た若い男性がやってきた。服装からして神官様かな?
「アニエス様でいらっしゃいますか?シャンタル様からの手紙で子細は伺っております。ようこそ、クレシア神殿へ」
彼の後をついて長い廊下を歩いていく。
神殿の中は静謐に包まれている。至る所に精霊がふわふわと飛んでいた。おそらく、私に見えない属性の精霊もたくさんいるのだろう。
こちらへ、と通されたのは書斎のような部屋だった。
たくさんの本が並んだ棚と、ピカピカに磨かれた立派な机。そこにお年を召した男性が座っていた。
片目に眼鏡を掛けていて、白い顎髭が印象的だ。隣に杖が立てかけてある。この方も精霊士だ。
「お前さんがアニエスだね。儂はシモン・サルナーヴ。精霊の塔の管理者をやっておる」
精霊士ならば、その名を知らぬ者はいない。
”燐光のアルカナ”と呼ばれる大精霊士。
「アニエス・コルトーと申します。”燐光のアルカナ”シモン様にお目にかかれましたこと、光栄に存じます」
「良いよい、そんなに恐縮しなくても。シャンタルは元気にしておるかね?」
「はい。健勝にしております」
「今はラングラルにおるらしいが、また面倒ごとを起こしてないかのう」
「えーと……今のところは」
私はあははと愛想笑いをした。
”また”って仰ったわよね?もしかして、シモン様にもたびたびご迷惑をお掛けしていたのかしら……。
困ったお師匠様だわ、なんて考えている私の顔を、シモン様がじっと見ている。
「ふむ。精霊の加護を自然に纏っておる。さすがはシャンタルの弟子だの。試験を受けるにはちと若すぎるが、お前さんなら合格するかもしれん。試験の詳細は聞いているかな?」
「精霊の塔に入って、出てくることができれば良いと聞いております」
「うん。大体そんな感じじゃな」
見た目に反しておおざっぱな答えだった。お師匠様みたい。
大精霊士はみんなこんな感じなのかしら。と言っても、私は二人しか知らないけど。
「試験は明朝から行う。今夜はゆっくり休みなさい。ああ、身を清めておくことも忘れずにの」
クレシアにいる間は、神殿近くにある宿舎へ泊まらせてもらうことになった。
この国には宿屋が少ない上に、かなりお値段が高いらしい。そのため、精霊士試験を受ける者はみな宿舎を利用するそうだ。
割り当てられた部屋はこじんまりとしているけれど、とても清潔に保たれていた。
なんだかここにいると落ち着くわ。
部屋というか、この国に入ったときからそう感じていた。そこかしこにいる精霊たちがとても穏やかな、安らいだ雰囲気なのだ。
土地全体が精霊神の加護を受けているのかもしれない、とお師匠様が仰っていたっけ。
それを聞いた時は分からなかったけれど、訪れてみると実感できる。
そのおかげだろうか。
明日のことを考えて緊張していたはずなのに、その夜はぐっすり眠ることができた。




