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90. 窮地 ◇

 吠え声とともに、地面を揺るがすような振動が近づいてくる。

 地平線の向こうに現れたのは魔獣の大群。ワイルドボアが中心だが、狼のような獣はシルバーウルフか、ワーウルフだろうか。昆虫の如き形態のモノもいる。

 奴らは木々をなぎ倒し、畑を蹂躙し、ただ真っ直ぐに進む。


 すでに餌は蒔いてある。

 魔獣たちは落ちている家畜の死骸を、我先にと喰らい始めた。仲間同士で餌を取り合って噛み付き、殺し合うものもいる。

 

 繰り広げられる凄惨な状景に、思わずごくりと唾を飲み込む。

 数えきれないほどの魔獣を退治してきた俺でも、これほどの大群を見るのは初めてだ。

 この身体の震えは怯えなのか、それとも武者震いなのか……。


 転々と置かれた餌をたどり、我々の掘った道へ魔獣たちが続々と吸い込まれていく。

 この道は、城門の前に掘られたすり鉢穴へ繋がっている。

 群れから外れる奴はわずかのようだ。これならば、村々への被害を最小限に抑えられるかもしれない。シャンタル殿の手柄だ。


「投石、放て!」


 城壁の上に設置した投石機が一斉に唸りを挙げてしなり、大石を放った。

 投擲された凶器は穴の中で行き場を無くした魔獣たちに襲い掛かる。血飛沫が飛び散り、死骸が積み重なっていく。


 北門前には、俺の率いる第一部隊が待機している。

 運良く穴の中から逃げ出してくる個体を、我々が殲滅するのだ。

 

 兵士たちが一匹一匹を確実に潰していく。血を浴びながらもその手は止まらない。

 みな、日々魔獣と戦ってきた手練れなのだ。

 そこには恐れも慢心も無い。あるのは、ただこの地とそこに住む者を守りたいという思いだけだ。


 シルバーウルフ数匹が他の死体を踏み台にして、跳躍した。

 すぐそばにいた兵士の初動が遅れ、魔獣の牙を受けた。勢いづいた魔獣どもが、そこへ襲い掛かる。


「ぬんっ!」


 駆け寄った俺は剣を振るい、魔獣たちを一刀両断にした。

 幸い、噛まれたのは足だけだったようだ。

 

「砦へ戻って治療を受けろ」

「はっ!申し訳ございません、撤退します」

 

 兵が門をくぐるのを見届け、俺は次の敵へ向かった。


 どれだけ時間が経過しただろうか。

 身体も剣も血塗れだ。刃先のキレが悪くなってきている。


 伝令が「第二部隊と交代!」と叫び、俺たちは一旦城門の中まで後退した。

 戦い疲れて座り込んだ第一部隊の兵士たちの間を抜け、司令所へ向かう。そこではジェラルド殿下が、伝令に次々と指示を出している。


「ああ、戻ったか。ご苦労。卿も少し休み給え」

「ありがとうございます」と答え、俺は水を口にした。


 いつもならば俺が指揮を執るのだが、殿下がいて下さるおかげで戦闘に集中できる。

 各門に対して配置する部隊を三個に分けて交代制にしたのは、殿下の指示だ。手際良く入れ替わるために、ここ数日訓練を繰り返した。

 その功が奏し、少ない兵力で長時間闘い続けられている。しかも、絶妙なタイミングで交代や補給の指示が来るのだ。流石は王宮一の頭脳と言われるだけはある。


「他の守備は如何ですか」

「群れからはみ出した奴らが数匹襲ってきたが、守備兵で対応できている」

「南側は?」

「ああ。むしろ一番安全だな、あそこは」


 北と対角線上に位置する南門は、四方の中で一番魔獣から襲われにくい。


 恋敵ではあるが……いや逆にそうだからこそ、殿下の考えは分かる。シャンタル殿は放っておくと戦場を駆け回りかねない。だから最も危険の少ない南門の守備へ付かせたのだ。


 俺とて、できれば彼女をこの修羅場に駆り出したくなどなかった。

 想い人を危険な場に置かねばならぬ自らの力不足が、歯がゆい。


 

 外から「何だあれは!」という声が聞こえた。

 城壁の上にいる兵士たちのようだ。何を騒いでいる?

 

 何事だ、と言いつつ司令所から出た俺の目に映ったのは、こちらへ向かって猛スピードで近づいてくる三匹の翼竜だった。


「ワイバンレスだと!?」


 ラングラルでも、ごくたまに出現する魔獣ではある。

 亜竜とはいえ、一匹だけでもその殺傷力はかなりのもの。それが三匹!?

 

 その進行を阻止するべく城壁から放った矢は、彼らの固い皮膚に弾かれてしまった。

「目を狙え!」と指示するが、飛んでいる標的の目を射抜くなぞ、よほどの弓の名人でなければ無理な相談だ。


 奴らはもう砦の目前に迫っている。

 まずい。このままでは城壁を突破される。

 

 そう思った刹那、俺の後ろからヒュウという音を立てて矢が飛んだ。それは一匹のワイバンレスへ命中し、轟音と共に爆発が起こった。

 爆発に巻き込まれた魔獣が、叫び声を上げながら落下していく。


 矢を放ったのはジェラルド殿下の護衛騎士だった。


「今のは……!?」

「精霊石のかけらを仕込んだ矢だ。シャンタルと精霊振興部で共同開発したものでな」


 もう一人の護衛騎士が二本目、三本目を放つ。

 残り二匹がそれに射抜かれ、爆発音が響いた。


「開発中のため、あまり数はないが。念のためにと持参して正解だった」


 窮地は脱したかに思えた。


「お館様!あれを……!」

 

 兵士が指した北側の空を、埋め尽くすほどの魔獣。

 しかも先ほどの翼竜より大きい。特徴的な角と鱗は、北方山脈で一度だけ見たことがある。

 ウィルム。始祖のドラゴンとも言われ、ワイバンレスなどとは比べ物にならないほど凶悪な怪物だ。


 その中の一匹が、こちらに向けて口を開けた。その中が赤く輝いている。耳を覆いたくなるようなキシャアアという吠え声とともに、光が発射された。


「殿下!!」


 護衛騎士と俺がほぼ同時にジェラルド殿下に飛びかかり、地面へ押し倒した。

 伏せた俺の後頭部を、熱線が掠る。それは司令所を突き抜け、南の城壁へぶつかった。

 城壁の一部が轟音をたてて崩れていく。瓦礫が降り注ぎ、下にいた兵たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


 せめて、殿下だけでも逃がさねば。


「地下壕へ避難を……」と言いかけた言葉が止まる。

 複数のウィルムがこちらへ向けて、口を開けていた。

 奴らは一斉に、先ほどの熱線を発射しようとしているのだ。

 

 絶望的な光景だった。

 避けようがない。

 ……これまでか。


 

水の護柱(オー・ピラー)!」


 声と共に、眼前に分厚い水の柱が表れた。

 城壁まで到達しようとしていた光線が、カーテン状のそれにぶつかって霧散していく。


 声の主を捜して辺りを見回す。

 上だ。俺の頭より、遥かに高い場所。


 暴風を身に纏い、真っ赤な髪を風になびかせながら空に浮かぶ麗人。

 その瞳は怒りに燃え、髪と同じ色に染まっている。


「シャンタル殿……!」


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