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88. 悪い人

 視察を中断して辺境伯の屋敷に戻った私は、疲れたと言って自室へ引き籠った。

 

 昼間の接吻未遂が脳裏から離れない。

 何であんなことを……。

 

 雑念を払うべく、混乱する頭を振る。

 きっと落下事故で動転していたんだ。もう忘れよう。そう思いたいのに。

 浮ついているような、落ち込んでいるような、そんな心地。

 感情の整理が付くまで、ジェラルドの顔を見たくない。

 

 彼が魅力的な男性であることは、悔しいが認める。

 ひと時の恋人になるというのならばそれも良いだろう。

 だが、彼が望んでいるのはもっと深い繋がりだ。私はそれに応えられない。

 

 

 ノックの音がして「シャンタル、入っていいか?」という声がした。

 一番会いたくない時に会いたくない奴が来た……。


「疲れてるんだ。明日ではダメか?」

「少しだけだ」


 仕方ない。私はドアを開けて入り口に立った。

 中に入れるつもりはない。そこで話せ、という意思表示だ。


「昼間の礼をきちんと言っていなかったからな」

「別に、礼を言われるほどのことじゃないよ。本当に疲れてるんだ。話がそれだけなら……」


 悪いとは思うが、不機嫌を前面に出して追い返そうとする。

 

 ジェラルドがずい、と私に近寄った。

 思わず後ずさりしてしまう。それをいいことに彼は部屋に踏み入ると、後ろ手でドアを閉めた。


 

「シャンタル……」


 両手を伸ばして私を抱きしめようとするジェラルドを突き飛ばして、その腕から逃げ出す。だが手首を掴まれてしまった。


「っ、離せ!」

「シャンタル、なぜ俺を拒絶する?君は何をそんなに怖がっているんだ」

「怖がる?私が……?」


 その洞察力に驚く。


 ああ。こういう奴だった。

 女心に聡くて。そうやっていつも無遠慮に、私の心をのぞき込む。


「俺の心変わりを憂慮しているのならば、そんなことは絶対に無いと断言する。俺が本気になった相手に一途なのは知っているだろう。この命をかけても良い」

「……そういうことじゃないんだ」


 これ以上はだめだ。言ってはいけない。

 なのに、口が止まらない。


「だって。お前は先に死ぬじゃないか……!」

「……え?」

 

 エルフの血を引く私は、人間よりずっと寿命が長い。

 だから私はいつも置いて行かれる。


 ゆえに伴侶を持ってこなかった。

 弟子だって、本当は持つつもりはなかった。十年だ。十年だけ、と言い聞かせてアニエスを育ててきた。


「大切な者に置いて行かれるのは、もう沢山なんだ。ジェラルド……お前だって、その辛さはよく知っているだろう!」


 ジェラルドが困ったような顔をする。

 ……しまった。今のは失言だった。


「すまない。言い過ぎた。忘れてくれ」


 彼が傷つくと分かっていて元婚約者(エリザベス)のことを持ち出すなんて。

 私はどうかしている。

 

 ジェラルドは首を振ると、私の両肩へ手を乗せ「……なあ、シャンタル」と問いかけた。


「確かに、愛する者に先立たれるのは辛いことだ。俺とてエリィを喪った時のことを思い出すと、未だに胸が苦しくなる」


 私の顔をのぞき込むジェラルド。その瞳はとても優しい光を湛えている。


「では、彼女と出会わなければ良かったのか。愛し合わなければ良かったのか?俺は、そうは思わない。彼女と過ごした宝石のような時間は、今も胸の中にある。俺の一部と言ってもいい。そのおかげで、今の自分があるのだとも思っている」


「人は不完全な生き物だ。そして愛を得ることで、完全へと近づくのだと思う。シャンタル。君はこの先も不完全なまま、孤独に生きていくのか?俺は、君にそんな生を歩んで欲しくない」


 勝手な言い分だと思う。

 どんなに言い繕ったところで、お前は先に逝くのだから。

 

「この命ある限り、君の側にいる。必ず幸せにすると誓う。だからどうか、少しの間だけ……君の時間を俺にくれないか」


 何も答えない私の頬を、ジェラルドの手がそっと触れた。

 顔が近づいて唇が触れ合う。


 ……ああ。

 本当はとっくに理解(わか)っていたんだ。

 もうずっと前から、私の心はこの傲慢で強欲な――悪い男のものだった。


 

 長い口付けの後、私は彼の胸へ顔を埋めた。

 

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[気になる点] スケコマシにあっさり落ちちゃってがっかり
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