表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/166

87. 救いの手 ◇

 落下に伴う腑が捻れるような感覚に抗いながら、俺は必死で崖肌の蔦を掴もうとした。

 だが、手が届かない。

 上から見た崖の高さを思い出し、肝が縮む。


 嘘だろう!?

 死ぬのか、俺は。こんなところで?


 嫌だ。俺にはまだやりたいことがある……!



「ジェラルド!」


 名を呼ぶ声と共に、シャンタルが降ってきた。いや、落ちてきた。


 落下しながら、俺へ必死に手を伸ばしている。

 彼女の手が俺の右手を掴んだ。



風の輪舞(ヴァン・ロンド)!」


 詠唱と共に風が巻き起こる。

 俺とシャンタルを巻き込むように暴風が唸り、ふわりと身体が浮く。


 だが、既に地面はすぐそこだった。

 

 ドガッという音と共に、激しい衝撃を感じた。地に背中を打ち付けたのだ。

 身体が跳ね上がり、また落ちる。

 そのまま二人で重なり合って転がった。

 

 回転が止まった頃には、二人とも土だらけになっていた。


 

「うーむむ……。怪我はないか、シャンタル」


 地面へ寝転がった俺の上に、うつ伏せ状態のシャンタルが乗っている。

 普段ならば大変喜ばしい体勢だが、今は彼女の無事を確認する方が優先だ。


 シャンタルがうーんと唸りながら上体を起こした。

 見たところひどい怪我はしていない様子に、安堵する。

 

「何とかね。ジェラルドこそ、大丈夫か?」

「ああ。背中が少し痛いが、大事ない」

「良かった……。重いだろう、今どくよ」


 そう言って俺の上から降りようとする彼女の腰を抱き、引き留める。

 

「いや、全然重くはない。何ならしばらくこのままでも……あいたっ」

 

 叩かれてしまった。

 

「この状況ですることか!?常に性的悪戯(セクハラ)してなきゃ死ぬのか、お前は!」

「愛情表現だが?」


 シャンタルは顔を赤くしながらあんぐりと口を開ける。

 

「照れたのか。愛いな」

「呆れてるんだよ」

 

 ぶつぶつ言いながら立ち上がるシャンタルに続いて、俺も身を起こした。

 

 見上げるとそびえ立つ崖が目に入る。

 あの上から落ちてきたのだ。シャンタルがいなければ、命は無かっただろう。


「まさか、君まで飛び降りるとは思わなかった。本当に、君はいつも俺の想像の斜め上を行くな」

「仕方ないだろ!それとも、助けなきゃ良かったのか?」

「そんなわけはない。感謝している。俺を助けようと必死だったのだろう?」

「そりゃあ、目の前で死なれたら気分悪いし……」


 シャンタルがそっぽを向いた。その頬は勿論、耳まで赤くなっている。


 ……もしやこれは。

 機会(チャンス)なのでは?


 そうと決まれば疾風迅雷が俺の流儀だ。この機を逃しはしない。

 眼と声に最大級の愛と甘さを込め、彼女へと囁きかけた。


「君はいつだって、俺の救いの女神だ」


 そっと、彼女の頬へ触れる。

 シャンタルは一瞬身体を固くしたが、手を振り払おうとはしなかった。俺を見る瞳が揺らいでいる。


 いける。

 俺は確信した。

 

「……シャンタル。愛している」


 彼女へ顔を近づける。

 唇と唇が触れそうになった、その途端。

 

 

「殿下ー!ご無事ですか!?」


 俺を呼ぶ声が聞こえ、シャンタルが慌てて俺から身体を離した。

 もう少しだったのに……。

 ガサガサと木々をかき分けながら表れたのは、俺の護衛騎士たちだった。


 くそっ。空気の読めない護衛だ。

 減給してやろうか。

 

「よ、良かったあ……。落ちられたときはもうダメかと……」

「シャンタルのおかげだ」

「そうでしたか。シャンタル様、なんとお礼を申し上げれば良いか」


 半泣きで俺の無事を喜ぶ彼らに、怒りの矛を収める。


 まあいい。

 手応えはあった。


 もうすぐだ。もうすぐ、シャンタルは俺へ堕ちるだろう。

 彼女をこの腕に抱く瞬間(とき)が、待ち遠しくて仕方ない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ