表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/166

0. プロローグ

「アニエス・コルトー!貴様との婚約は破棄させてもらう!」


 華やかな夜会の会場が、しんと静まり返った。思い思いに会話を楽しんでいた貴族たちは、何ごとかと声の主を見る。


 大広間の真ん中に、先ほどの発言をした青年がふんぞり返っていた。さらりとした金の髪に優美な服装の彼は、このハラデュール国の第二王子、マティアスだ。その脇には、ブロンドの髪をアップにして、これでもかというくらいドレープのかかったドレスに身を包んだ令嬢が、寄り添うように立っている。


 一方で、アニエスと呼ばれた令嬢は、困惑した表情で立ち尽くしていた。背丈は低く痩せぎすで、ブラウンの髪を肩へ垂らしている様子からは、幼い印象を受ける。身にまとっている簡素なドレスは、ブロンドの令嬢の豪奢な服装とは比べ物にならない。

 

「あの、マティアス殿下。どういうことでしょうか?私どもの婚約は国王陛下からのご命令で……」


 マティアス王子がふん、と鼻を鳴らした。


「そもそも、貴様がこの俺の婚約者に選ばれたのは、精霊使いだからだろう。だが先日、このナディーヌも精霊使いの素質を持っていることが分かった。それならば、平民のお前よりクラヴェル侯爵家の令嬢である彼女の方が、俺の妃としてふさわしい」

 

 言葉を失ったアニエスへ見せつけるように、マティアス王子はナディーヌの細い腰を抱き寄せる。「殿下ったら人前でこのような……」としなを作りつつ、ナディーヌは底意地の悪い笑みを浮かべていた。


「平民のお前がこの俺と婚約したこと自体、前々から納得いかなかったのだ」

「きっと殿下と結婚したくて、師匠に頼み込んだのでしょう。平民の癖に、さもしい女ですわ」

「ちょっと待ったぁぁー!!」


 観衆を掻き分けて現れたのは、ウェーブのかかった赤い髪を腰までたらし、赤いドレスに身を包んだ女性だった。ドスドスと足音を立てて歩み寄ると、彼女はアニエスを庇うように、王子たちの前に立ちはだかった。


「おお、シャンタル殿だ」「あれが”炎のアルカナ”と名高いシャンタル殿?」


 観衆たちの目はシャンタルにくぎ付けだ。尤も、男性陣は彼女の豊満な胸が見えそうで見えない、大胆に開いた胸元の方に注目していたが。


「引っ込んでいろ、シャンタル。これは俺とアニエスの問題だ」

「なに言ってんだい。私はアニエスの後見人だよ。婚約破棄とはどういうことか、説明してもらおうか」

「貴様、王子たる俺に向かって何だ、その口の利き方は!全く、お前みたいな師匠に育てられたから、アニエスが常識のない女に育ったんだ」

「はああ?こんな場で突然婚約破棄を言い出す殿下こそ、王族としての常識をどこかに落としてきたんじゃないかねえ?」

 

 図星を突かれたマティアス王子の顔が赤くなった。


「だいたい、私の可愛いアニエスのどこが不満だってんだ。頭もいいし気立てもいい。器量だって悪かあない。おまけに精霊士見習いとしても優秀だ」

「精霊使いならばこのナディーヌにも資質がある。しかもアニエスと同じ三属性だ」

「ふうん?」


 シャンタルがじろり、とナディーヌを見る。眼光の鋭さに慄いたのか、ナディーヌはマティアス王子の後ろに隠れてしまった。

 

「そこのご令嬢に、精霊使いの素質があるとは思えないけどね。ま、いいか。婚約破棄は承ったよ。こっちだって望まない婚約だったんだから。アンタみたいな尻軽王子には、そこの頭の軽そうなご令嬢がお似合いだ」

「何だと!大精霊士だか何だかしらんが、そっちだって所詮、魔法を使うしかない根なし草だろうが」

「精霊使いと精霊士の違いも分かってないのかい。尻だけじゃなく頭も軽いんだね」

「お、落ち着いて下さい、お師匠様!」


 もはや子供の喧嘩である。

 観衆たちは彼らを冷めた目で見つめていたが、興奮した当人たちはそれに気づくどころか、どんどんヒートアップしていった。

 

「アニエスだって令嬢として色々()()()()()だろう。特にそのちんちくりんで色気のない身体が気に喰わん。少しは外見を磨けばいいものを」


「……この場は我慢してやろうと思っていたのに。愛弟子をそこまで言われて、この私が許すと思うかい?」

 

 シャンタルの顔が怒りに染まっている。弟子の制止する声も耳に入らないようだ。

 彼女の振り上げた右手に、炎が現れた。炎は生き物のようにくねり、大きな拳の形になっていく。

 

炎の鉄槌(フラム・フィスト)!」


 シャンタルの詠唱と共に、炎の拳がマティアス王子に直撃した。

 大広間に轟音が響き渡る。

 マティアス王子が悲鳴を上げる間もなく吹っ飛ばされ、壁に激突したのだ。


「きゅぅ……」

「殿下、殿下!お気を確かに!」


 その場に残されたのは、気絶したマティアス王子に縋りつくナディーヌと、顔を覆っているアニエス。そして、(やっちまったな……)という顔で彼らを眺めている貴族たちだった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ