ならず者のプレリュード
カラビヤウという世界は様々な「界」が入り混じって重なり合うようにして出来ている。
神の如き強大な魔法を操る王族が支配するアステリア
英霊を祀り、戦いの道に生きる事を何よりの誉れとするミッドランズ
妖精と精霊と野生動物の楽園インサニア
原初生命と獣人が争うケトーシス
大海の深淵ルゥーイエ
冥峡の底ゲヘノア
そして商売が盛んで文化の発祥地とも言われるここ、ポルタデラントの片田舎であるペヨーテ村の教会の前にひとりの赤子が置かれていた。布に包まれてこそいるが、捨て子だろう。
「可哀想に…しかし村の子じゃないな…」
幼な子を抱え上げた神父は眉根を寄せながら呟いた。
敬虔な神父にこの子をもう一度どこかへ捨てるという選択肢は無かった。
彼の信仰する生まれ変わりを司る女神ニーアローサの教えもあるが、神父は神職ゆえに妻帯できず、勿論子も居なかった。
つまり、神父にとっては幸運だった。また、子を拾った事を幸運と思える人物に拾われたこの子もまた、ある意味では幸運だった。
神父は早速村のものに声をかけ、乳母になれるものを募った。職権を濫用し、乳母になるものとその家族には通常の報酬に加えて簡単な回復魔法や聖別の儀式を大幅に割り引くという条件を出した。
意外にも応募が多くて選考は難航したが、いつも優しげな笑みを湛えた未亡人のレインを選んだ。
レインは村の外から嫁いで夫と子を成したが、その子は左腕が肘の先から欠損していた。夫は我が子の将来を危ぶみ、せめて財産を残さねばと従軍を決意。四度目の戦場で撤退中に将を庇って亡くなった。
将を庇ったという功績から見舞金の額は大きく、子が育って自立する年齢を超えても慎ましくなら生きていけるだけの蓄えが出来たが、夫や肉親は居らず、夫の両親もすでに他界していた為に大きな不安を抱えていた。
ゆえに、神父の子の乳母役によって得られる報酬と特権は大きな魅力であった。また、神父もこの可哀想な未亡人を助けたかったのだ。それに、未亡人であるならこの子が彼女を「母」と呼ぶのにも支障あるまいと踏んだ。
「神父様。本当に私で良いんですか?勿論、望んで応募したのは私なんですが…」
「レインさん。私は貴女が適任だと確信しています。貴女がこの子の乳母になればこの子にも兄弟と母が出来る。私は神職なので妻帯出来ませんし、子育てなんて初めてですが…本気でこの子の父になるつもりです。貴女はもちろん亡くなった夫を忘れる必要も、枷にする事もなく、欠けたもの同士のピースがここで上手く揃って歪ながらも「家族」をお互いに与える事ができる…そんな気がするのです」
レインはこの言葉に心打たれ、乳母役…もとい母役を引き受けた。そしてレインの息子レダスに弟が出来た。
「この子はきっと特別な子です」
捨て子の手のひらを神父が優しく撫でる。
「この手のひらを見てください。螺旋の聖痕です」
右の掌には蛇が二匹もつれあうようなアザがある。
「さらにこちらには文献にも載ってない聖痕です」
左手には十字架が刻まれていたが、ここカラビヤウにキリスト教はないのでただの十字模様と認識された。
「聖痕が二つも…!?一つでも凄いのに…」
聖痕とは選ばれしモノの証。研鑽や学習で習得できる闘気や魔法とは違う、尋常ならざる力が世界より与えられる。能力の強度や種類は違えど、どの聖痕も普通の魔法よりかなり強い力を持っていると言われている。
「歴史上でも数人しか居なかったはずです。とはいえ、この子が丈夫に育ってくれればそれで良い。そう思いませんか?」
「ダァー!」
「もちろん、君もね」
幼いレダスは捨て子に興味津々のようだ。
「この子の名前はカイト…カイト・テオドールだ」
そうして回斗はカイトとなり、新たな世界「カラビヤウの片隅で新しい人生が始まった。




