お父様のせいで結婚できそうにないので、『切り札』を使おうと思います
親に勝手に婚約解消された女の子の話です。
主人公に複数の異性と付き合っていた過去があります。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
「婚約解消とはどういうことだ!聞いてないぞエルシー!エルシー!!」
屋敷の門の前で男が一人騒いでいるのが窓から見える。
まったく、貴族の邸宅が立ち並ぶこの区画でなんという振る舞いを。
彼も王族なのだから体面というものを気にしてほしいものだわ。
まあ、それはさておき。
「婚約解消の件、私も存じ上げないのですが・・・どういうことでしょうかお父様」
「・・・・・・」
「門の前で王子が叫んでいますよお父様。私、体面を気にする方なのでどうにかしてくださいませんか。」
無表情の父が手を叩けば、門の前で叫んでいた王子は即座に馬車に押し込まれ何処かに連れ去られていった。
あの押し込んでいた人物達・・・国軍の制服を着ていたように見えるのですがなぜ我が家は軍に守られているのでしょう。
「改めましてお父様。私に無断で婚約解消しましたわね?」
「・・・・・・・・別に良いだろう」
「良くは無いでしょう。お兄様にはすでに妻がおり、姉三人は全員嫁に出ている。なのに私だけ売れ残りは御免です。せっかく見つけた売れ残りだったのにどうしてくれるのですか」
「無能な婿は必要ない」
「・・・・・・私が恋人を失くした回数がいったい今何回目なのか言えます?」
「お前が嫁に行く必要はない」
「お父様!!!」
ごきげんよう、エルシーと申します。
あの後お父様にはのらりくらりと逃げられてしまいました。その上執務室からも追い出され自室に押し込まれる始末。
恋人は王子で九人目。やっと婚約までこぎつけたのに。
私を行き遅れの売れ残りにしたいのでしょうか。
嫁に行く必要がない?確かに家のために行く必要はないでしょう。
「お嬢様、お手紙が届いております」
「誰から?」
「お嫁に行かれた三人のお嬢様たちです」
昔から当家に仕えてくれている執事は少し涙ぐみながら私に三通の手紙を渡して退室していく。
そう、私には一人の兄に加え三人の姉が居る。
我がローズランド公爵家の子供は五人兄妹で、私は末っ子。
姉達はこうして毎月一度手紙をくれるが、内容は全員似たり寄ったり。
『貴女は無理して結婚する必要はない』というものだ。
自分が結婚しているからそんなことが言えるのよ。
長女のグレース姉様は幼馴染の侯爵家長男に嫁いで今は侯爵夫人。
次女のシエンナ姉様は隣国の皇太子に嫁いで、結ばれるまでに幾つかの問題を起こしていった。
三女のルビー姉様は平民も通える王立学園に通った結果運命の出会いを果たして貴族としての生活を捨て平民の彼と結ばれた。
三者三様に物語のような展開を経て、愛する人と結ばれている。
「私だけ・・・どうして私だけ!!!」
かつての恋人九人は全員お父様により、私、というよりおそらく我が家に相応しくないと判断され排除されていった。
一人目は、幼馴染の伯爵家の人だった。きっと将来上手くいくと思っていたのにまさかの同性愛者だったことがお父様の手により私に知らされ、お別れとなった。別に違法とはかではないし彼のことは好ましく思っていたので応援だけして別れた。
二人目は、お父様の部下だったが、軍人であった彼は遠征先で運命の出会いを果たし、お父様の手により駆け落ちした。娘の恋人を逃がさないで欲しいが、仕方ない。
だが一言欲しかった。
三人目は、舞踏会で出会った異国の貴族だった。しかし、どういうわけか彼の国と私の国は敵対関係になり同盟は破棄、彼との関係も断ち切られた。同盟破棄を国王に提言したのはお父様。確かに黒い噂は聞こえていたが、恋仲になる前に破棄してほしかった。
四人目は少し年上の方で、後妻という形の婚姻になってしまうといわれたがそれでも構わないとお付き合いしていたらお父様が彼に女性を紹介して二人が結婚していた。遠くから見守った結婚式を、あの悔しさを私は一生忘れない。
五人目も、六人目も、七人目も、八人目もあれやこれやお父様の邪魔が入り婚約にすら行けなかった。
やっと、やっとあの王子で、九人目にしてやっと婚約したというのに。
たとえ浮気されようともういい、くらいの覚悟で婚約したというのにまさか邪魔されるなんて!
「元気だしてエルシーさん。お父様も貴女が心配なのよ」
「モリー姉様」
「まあ、九人はやりすぎかもしれないけれど、それぞれ問題があったわけだし、ね?」
モリー姉様は兄であるアーサーの妻で、将来の公爵夫人だ。
小姑にあたる私にも親切で、四人目の姉として接してほしいといわれたので言われたとおりにしている。
ご実家は文官のエリート家系で、モリー様も頭脳明晰である。兄にはもったいないくらい。
そんなモリー姉さまが兄と結婚したのは『顔と体が好みだったから』だそうだ。
黒髪細マッチョの軍人である兄は彼女の好みど真ん中だったらしい。
理由はともあれ結婚できているのだから羨ましい。
「アーサーとも説得したのよ?いい加減結婚させてあげたらって。そうしたらね」
「そうしたら?」
「自分より優れているか、最低同等の男でなければ許さないそうよ」
「初耳なのですが・・・というかそれほぼ無理では?お父様に勝てる男はそうそう居ません」
「エルシーさんて、本当お父様大好きよね。」
大好きとか、そういうことではない。本当に勝てそうな人が思いつかないだけ。
父は国一番といわれる美丈夫。今でも社交場に出れば黄色い悲鳴が聞こえている。
すでに亡くなったとはいえ、妻もいた男に悲鳴が上がるのだから世も末だが、しかたない。
黒髪に青い目の、まだ二十代なのではないかと思わせる若々しい姿は娘から見ても詐欺ですね、と呟きたくなる。実際は四十に近いのに。
一応父は我が国の軍を全て預かる身であるから、ジャラジャラと勲章をつけた軍服を身に着ける。威厳と華やかさを持ち合わせた軍服姿の父の横に、あの門で騒いでいた王子が立っても神と枯れ木の差がある。
そして王家の血を引く大変整った顔から、甘く響く低い声色で『妻を想っているので』と囁かれ、失恋と同時に失神した女性のなんと多いこと。
軍事パレードで白馬に跨り号令を掛ければ、平民の女性達からだって歓声が上がる。
と、女性の人気ばかりかと思えば男性の人気もある。
娘以外には質実剛健文武両道をモットーとし、平民上がりだろうがコネで入った貴族だろうが等しく厳しく接し、それでいて同じ軍にいるのだからと仲間割れしないように上手く不平不満などに対処している。どうやっているのか知らないけれど本当に人心掌握が上手い。
容姿、身分、性格、信頼、すべて持っている完璧人間。
それがアルバート・ローズランド公爵、私のお父様の客観的にみた評価。
「他国にもその評判は知れ渡っていますが、我こそはという人は聞きませんわ」
「・・・・・でも、私、お父様とそんなに関わりがあるわけではないのです。姉様たちならともかくなぜこんなに私の結婚を気にするのか分かりません」
他人からの評価は高いが、私としては父の評価はそこまで高くない。
ちゃんと顔を合わせて会話をしたのは、最初の恋人の問題を突きつけられた時。
あれは十四歳だったかしら。
それまで父は殆ど屋敷に居なかった。軍人だから遠征はあるし、私が幼い頃は隣国との小競り合いもあったから仕方ないといえば仕方ないけれど、私には、父が家に帰らないのは私のせいだという考えがあった。
お父様が最も愛しているのはお母様だ。そのお母様を殺したのは、私。
私を産む為にお母様は死んでしまった。なのに私は、四人の上の兄姉が全員お父様と同じ黒髪なのに、一人だけお母様と同じ金髪。よく使用人からお母様にそっくりだといわれる。
愛する妻の死因なのにその妻を想起させる私には、お父様も愛情を注ぎにくいはず。
記憶にある父の顔はすべて無表情で冷たい印象。お父様から笑顔を奪ったのはきっと私。
だから自分の初恋の人は諦めてでも、適当な相手を自分で見繕って家を出ようと、せめてもの娘の愛情表現だというのに尽く邪魔してくるってどういうことなのかしら。
「モリー姉さま・・・お父様に勝らなくても、同等なら良い、のですよね?」
「そうね。お父様の言葉通りなら」
「じゃあ・・・もう私、切り札を使おうと思います。」
「切り札?」
「そう・・・切り札です。この人の妻になれる可能性はないと思っておりましたが、私ももう十九歳。形振り構っていられません。」
「エルシーさん?あの、あまり急がなくても良いのよ」
「いいえ!そもそも私が幼い頃まったく相手してくれなかったお父様に邪魔されるのは我慢なりません!お父様も許可するしかない相手を今からお父様と同時に説得します!まずはお茶会のセッティングです!!」
当家自慢の庭園は、初夏を迎えて一年で最も美しく輝いている。
お母様が大事にしていた庭園だから、娘以外にお金を掛けないお父様もここだけは倹約せず日々美しくなるように最高の庭師を手配している。
その庭園を見渡せる東屋に私はお父様と切り札を招待した。
「エルシー・・・なぜコイツが此処にいる」
「私が招待したからですわお父様。ね、ハロルドおじ様」
「アルバート、頼むからそんなに睨まないで。本当に招待されたんだ。」
「今日はお父様とおじ様にご相談したいことがあります。ですから三人だけでお茶会をしたいの。」
そう若い女の子に言われれば殿方は席に着くしかない。使用人にはお茶だけ入れてもらって下がらせる。
改めて、ハロルドおじ様を観察する。
年は二十九。私とは十歳差となるけれど、お父様と同じく、若く見える。流石親戚です。
やはり王家の血が影響しているのでしょうか・・・国王も髪の毛以外は若々しいですものね。
お父様と同じく黒髪に青い目で正直双子ですか?というくらい似ている。
そしてハロルドおじ様は王弟。身分的には公爵家と並ぶことが出来る。
軍人ではなく文官よりだけれど、誠実で慈悲深い方だと女性の間では評判になっている。
なにより、国での人気はお父様の次に高い。
「お父様、私・・・・ハロルドおじ様と結婚したい!」
お父様とハロルドおじ様が同時に紅茶を噴出した。貴族のマナーが完璧な二人なのに珍しい光景だわ。
「・・・・お前は」
「家のためにお嫁に行きたいのではないのです!ハロルドおじ様は、私の・・・・初恋の人なのです」
これが私の切り札『お父様の条件に当てはまる上に初恋の人』。
これを言われたらなかなか邪魔しにくいでしょう。
だってご自分も初恋の人と結婚しましたものね。
「私、お父様とお母様の恋について聞いてずっと憧れていたのです。初恋の人と結ばれることを!」
「ハロルド・・・・貴様決闘だ!」
「落ち着いてアルバート!僕はエルシーに手は出してない!」
「リズの子であるエルシーに魅力がないと!?自分の言ったことを忘れたか!」
「ねえどっちなの!!!」
あら、何故お父様はあんなに怒っているのでしょう。
いつものように『お前が嫁に行く必要はない』といわれると思いましたのに。
怒るくらいにはハロルドおじ様に危機感を持っていると?
というか『リズの子である』からって・・・どれほどお母様好きなんですか。
「まあ落ち着いてアルバート。そもそもエルシーは、本当に僕が好きなの?初恋っていうのは?十歳も離れたおじさんだよ?」
「それは本心です。ハロルドおじ様が初恋でしたし、年齢から結婚は許されないと考えていたので他に恋人を作っていた次第です。それに」
これだけは本当。私はハロルドおじ様に初めて会った時に一目ぼれした。
けれど私は子供で、おじ様は王弟だからすぐに結婚させられるだろうと思っていた。
だというのにハロルドおじ様は未だ独身。しかしその理由も知っているから、諦めていた。
「それに、ハロルドおじ様もお母様を愛しているのですよね?お父様とお母様を巡って争っていた、というのは有名な話で・・・お父様?」
え、どうして涙ぐんでいるんですか?あの無表情、鉄面皮がなくなっているじゃないですか。
私何か言いました?普通に話していただけですよね?
「・・・・ハロルドとの婚約を許す。」
「いいのアルバート!やった!やっと根負けしたね!」
え、え、どういうことですか?
なぜお父様は下を向いて震えて、ハロルドおじ様がこぶしを振り上げて喜んでいるのでしょうか。
というかなぜハロルドおじ様とはOKなんですか!こんなことなら最初からハロルドおじ様を正直に口説けばよかったということですか?
まったく状況が理解できないのですが?
一先ず落ち着いてお茶を飲みましょう。はあ、今日も美味しいです。
「・・・まず、お前は私に嫌われていると思っていたようだがそれは間違いだ。
むしろ美しく、気立てよく育っているから嫌う理由はない。嫁に行かせたくなかったのは姉妹の中でお前が一番可愛いと思っていたからだ。私のことを怖がらなかった赤子はお前だけだったから特別愛しく思っている。リズに似ているからだけではないことを分かってほしい」
え、間違いだったんですか。
というか泣かなかっただけでそこまで可愛いと思ってくれていたのですか?
どれほど姉様たちは泣いたのか・・・そしてその愛情を伝えるための表情筋をお父様はどこに落としてきたのでしょうか。
まったく伝わっていませんでしたね。
「それで恋人を排除してきたのですね?」
「いや、それは私ではない。」
「は?」
では誰が?と首を傾げればお父様は忌々しげにハロルドおじ様を指差す。
「私はハロルドの邪魔をしていたんだ。リズに惚れていたという噂を流せばエルシーも諦めるだろうと思っていたのに」
「甘いなアルバート!賭けに勝ったのは僕だ」
噂を流した?賭け?どういう・・・
「だってお父様、ずっと恋人を追いやって」
「あの男達の調査をしていたのはハロルドだ。女をけしかけていたのも。同盟に関しては流石に何もしていないようだがな」
「僕はね、君が十四歳の時からアルバートと賭けをしていたんだ。僕は君と結婚したいと思っているけど、アルバートは僕には渡したくない。それに十歳という差は僕としても負い目だったから、じゃあエルシーから僕と結婚したいとアルバートに言ってきたら婚約を許すって言う賭け。甥っ子と婚約までいった時はハラハラしたよ。」
じゃあずっと手のひらの上で転がされていた、と?
なんだったのでしょうか私の努力。
そこまで好きなわけでもない人と恋人になって、お父様のために家を出ようとして、年齢差があってお母様を愛しているようだからと初恋も諦めて。
・・・・元凶は、この二人じゃないですか。
「これでやっと君にプロポーズできるよエルシー。どうか僕と」
「婚約はちょっと、待ってください。」
「あれ?」
人の恋心と愛情を賭け事にした大人二人。
私としては、少々信用に欠けるように思うのです。
愛してくれているなら身を引くなり逆に愛情を熱烈に示すなりあったはずですよね?
「お父様、私、シエンナ姉様のところに逗留して、素晴らしい出会いがないか探しに行きます」
「「は!?」」
「幼い頃はずっと会っていませんでしたから、今更気にしませんよねお父様。
それに、五年も暢気に賭けなんてしていたんですから別に良いですね、ハロルドおじ様」
乙女の心を弄び、婚期を逃させた罪は重いですよ。
「九人の男を一度は落とした女ですから。あまり甘く見ないでください。」
今度はこちらが悩ませる番です。五年と九人分の恨み、覚悟はよろしいですね?
お読みいただきありがとうございました。
王子が婚約解消された理由は浮気ですが、裏で手を回したのはハロルドです。
十四歳からハロルドが賭けを持ち出したのは、エルシーに恋人ができて焦ったからです。
結果彼女の切り札はおじ様ではなく、姉、ということになります