第肆話 レポート31
「ファークション! ハクション! クシュン! ゴホゴホッ!」
あー、この季節は困るね。
クシャミが止まらない。
まったく、魔学で花粉症を消す方法を考えないとねー。
もう、鼻がもげそうだよ。
「ファ、ファ、ファークション!」
……
…………ズビッ。
「はーあ……」
それほど大きくない部屋に男のクシャミが響き、続いてため息が聴こえる。
中央には……何かの実験器具だろうか? 怪しい道具類が、所狭しに机の上に乱雑に置かれているのが見えた。
男は、それとは別の壁際に置かれた机に向かって紙に何かを書いている。ボサボサに伸びた髪に眼鏡。白い服を羽織った後ろ姿は、まさに研究者といった感じだ。
紙に走るペンの音だけが部屋の中で聴こえた。
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レポート31 魔素についての現状
魔素とはなんだ? 迷宮に何度も潜り、魔物を殺し解剖し、魔石を抉り出し、砕き、神秘を暴こうと、知ろうとした。
私の人生は、異界から漏れ出る魔素を探究するところから始まったと言っても、間違いではない。
魂の器に宿り、能力を発現させ、人を超人に生まれ変らせる、異界から漏れ出てくる見えない存在、魔素。
お前はなんだ?
現状で言える私の答え。
それは、——魔素とは鍵だ。
可能性を無理やり開く鍵。
進化の実と言ってもいいだろう。
現代科学、現代兵器を無力化し、我々から空を、海を奪った異界。
魔素はその異界から流れ出てくる。
異界誕生からの七日間はまだ、地上にはそこまで魔素は濃くなかったのだろう。
七日後から、人類に不思議な力を宿す人間が現れはじめる。
力を発動させた人間を我々は、能力者と呼んだ。
魔素を体に取り込む事によって能力が発動し、力を使うには体内の魔素を消費する。
魔物も魔素で生きているのも分かっている。
魔物を倒した際、その魔素が行き場を失ったように倒した人間の体内に入ってくる事も分かってきた。
その魔素を使い、己の身体を強化もできる。
我々は、この、魔素が宿る場所を、魂の器と呼ぶ事に決めた。
人は魂の器に魔素を注ぎ溜め、それを消費して戦うのだ。
ゲームの様なレベルはない。
魔素が、魂の器からなくなれば、力が使えない。迷宮では死が待つだけだ。
器の大きさは人によって違うと、研究結果からでている。
——目下、器を大きくする技術を第一に研究中だ。
魔素は今や酸素の様に濃さの違いはあるが、どこにでも存在している。
我々は、日常に体内に魔素を取り込んでいるのだ。
不思議な事に、魔素が器一杯になると蓋をした様にそれ以上、宿らないのだ。
これもまだ原理が分かっていない。
能力は魂のあり方で発動すると研究の結果、分かってきている。
性格、生き方、信念、そう言うイレギュラーな形が能力の発動する際に関係あると、今までの研究結果で出始めている。
この研究が進み、戦闘系の能力がより多く発動する確率を上げたい。
戦闘系の能力が発動する確率は三割ほどだ。圧倒的に戦闘系が少ないのが現状だ。
異界には、魔物には——現代兵器は効かない。
効果があるのは魔素を宿した力、能力。もしくは魔素を宿した武器、そして迷宮産のアイテムから作った武器だ。
この原因は、異界はこの世界とズレているからではないかと推測されている。
触ることはできるが、ダメージを与える事はできない。
決定的に、互いが存在している世界がズレているからだ。
だから、奴らに効果があるのは、あっちの世界の力のみ。
同じ次元にある力のみ効果がある、と、我々研究者の大半はそう結論付けている。
最後に、過去人について。
これは本当にまだ、何も分かっていない。
何故迷宮から発見されるのか? まだ、一度も迷宮から生まれ出るところの発見報告がないのだ。
予想通り迷宮から生まれているのか、何者かが置き去りにしているのか。
見たものはいないのだ。
過去人は皆、戦闘系の能力を発動させる。
強く、特殊な能力が多く我々の日本国の助けになっていた。
あの事件がなければ。
——名を『過去人事変』と言う。
現在も容疑者を追ってはいるのだが、結果はかんばしくない。
北海道に入った所まで追跡できたと、通信を最後に部隊からの連絡が途絶えた。
北海道は異界にのまれた地だ。
今後の作戦はチヨダ本部の指令を待とう。
私は想像する。
過去人は可能性を無理やり植え付けられ、一度死に、再構築された人とは違う生物なのではなかろうか、と。
しかし、どんなに検査をしてもDNAは人間だ。
100%同じだ。
だが、私は願う。
科学が終わり、魔学が生まれたこの世界に。
魔学者は神には祈らない。
だけど、願わくば。
過去人が人類の救いになれと。
想ってしまうのだ。
ナカノ支部長
山田光理
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小さな声で「……私が生まれて初めて恋をしたのは、過去人の彼女だったからかな」と男は笑いながら言葉にした。
ガタンと音が鳴り、男が椅子から立ち上がる。
部屋の明かりを消し、階段を上がっていく。
誰もいなくなった部屋にはコポコポと怪しい音を出す器具の呼吸が、闇に吸い込まれる様に聴こえていた。
能力には階級がある。
一番下が、五級。
順番に四級、三級、二級、一級と上がり、零級となる。
過去に零級を超える階級に指定された人間がいた。
それは、特級。
一人の過去人だった。
現在、特級の存在は北海道で途絶え分かっていない。
その特級の能力の名は……『異災』と命名されることになる。
山田光理の能力は『記憶』
階級は零級。
物、生き物に触ると染み付いた記憶が分かる。
武具に残る記憶を読み、それを身に宿し戦う事ができる。
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