青色探索者
「生きるのも、死ぬのも自由だ」
「世界は美しく、どこまでも残酷だ」
「お前は、この異界で何を求める?」
「生きたいなら進むしかない。生きるのも、死ぬのも自由だ」
「だが、お前はまだ生きている」
「さあ、どうする?」
幾多の異界を攻略し、破壊した英雄。
当時、最強と言われた『雷化』の能力者が書き残した『異界記録書』の一節。
書の内容は、異界迷宮と異界渦の攻略方法が主に書いてある。
これは、三百年以上前に書かれた記録である。
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西暦二千二十年、世界中に異界が誕生。
そこから化け物が産まれ這い出し、人類との戦闘なる。
奴らには現代兵器が一切効かず、核すらも通用しなかった。
異界誕生から七日後、災害と化け物、人間の間に起こった紛争により世界人口は半数まで減る。
このまま滅びを待つのみかと、絶望が世界を覆う。
——しかし、不思議な力を持つ人間が世界に現れ始める。
化け物に唯一、有効なその力を人類は能力と呼んだ。
人類は能力を駆使して化け物……、後に魔物と呼ばれるようになる生き物と戦い、幾つもの異界を破壊していく。
そして、今までの世界が終わり……
——異界歴三百二十二年。
現在、日本国では異界は管理され……資源を確保する場になっていた。
春の日、某日。
シンジュク異界第参迷宮の地下二階で、二百三十八人目の過去人を発見したと、報告があった。
——そして、物語が動き出す。
……
……………
………………
額から流れ出した汗を右手の甲で拭う。
ふー、落ち着け落ち着け、大丈夫。リラックスしろリラックス。
化け物を殺すだけだ。
いつも通りにすればいい、師匠なしでも大丈夫……
俺は息を潜め草陰の後ろに座り、前方を確認する。
「ギャッギャ!」
「「ギャギャ!」」
「ギャッ!」
んー……、なんか、食っているのか? 食事中……?
嬉しげに三匹のゴブリン種緑が地面に直に座り、何かの肉を食っているのが草陰の隙間から見えた。
グチャグチャと、あいつらが出す咀嚼音がここまで聴こえてくる。
——チャンスだ。
俺は音を立てずに腰の後ろの鞄から三センチ程の白い球、閃光玉を取り出す。
これは魔素を一定まで込めたら、五秒後に閃光を放つ魔道具だ。
右手の指先で軽く握ぎる。微かに振動する閃光玉。
一、
二、
三、
ふっ!
三匹の真ん中目掛けて投げる。
五。
——カッ!!
視界一杯に眩い光が炸裂する。
俺は腰から二本の黒光するナイフを抜き、魔素を全身に纏い草をかき分け飛び出す。
さっきまで食らっていた肉を手から落とし前屈みになり目を押さえているゴブリンに、
「しゅっ!」
着地と同時に右手に持つナイフで一匹目の首を切り裂き、左手のナイフで二匹目の首を切る。
——後は、真正面の奴だけだ。
俺の気配に気付いたのか、目が見えないまま腕を出鱈目に振り回すゴブリン。
「はっ!」
無防備な腹に蹴りを入れる。
吹っ飛び地面を転がるゴブリンを追いかけ、首めがけて魔素で強化した右足を踏み抜く。
——ゴキッ!
へし折れる首の骨と同時にゴブリンの四肢がビクりと痙攣した後、力が無くなり静かになる。
俺の体の中にコイツらの魔素が入ってくるのが分かる……魂の器か。
原理はさっぱりだが、魔素はそこに、体内にある魂の器と名付けられた所に注がれるらしい。なんだか、昔の偉い学者さんが名付けたそうだ。
魔素が器に貯まる分、俺達……探索者は強くなる。
「とっ、やれやれだ」
踏み下ろした足をへし折った首からどかし、両手のナイフを振り抜き血を飛ばす。
血糊が付いてないか確認して腰の鞘に収める。
「——よくやったな、今ので百一体目か」
後ろからのんびりと、歩いてくる師匠に向かって「ユリカ、これで黒色探索者から、青色になれるんだろう?」と話しかける。
彼女が「し、しょ、う! 師匠と呼べ!」と少しだけ怒り、笑いながら俺の横に立つ。
「そうだな。私抜きでゴブリン種緑を倒せる力を持ち、百匹を討伐。これが黒から青になる条件だ。お前はそれを満たした……よくやった」
師匠の話を聴きながらも、俺の手は止まってはいない。殺した三匹のゴブリンを仰向けにして川の字に並べる。再び抜いたナイフで……人で言う鳩尾の部分を丁寧に縦に切る。
魔石を取り出すために。
手を突っ込み、グチョグチョと肉を漁って親指の先ぐらいの緑色した石を三つ取り出す。
魔石を失った魔物は、ズブリズブリとゆっくりだが、地面に沈んでいく。
「何度見ても……不思議だな」
ここは、シンジュク異界第壱迷宮……通称、牧場迷宮だ。
探索者デビューの登竜門的な異界迷宮だ。
ここで危なげなく一人でも魔物討伐ができるようになれば一人前とされる。
魔物は迷宮から産まれ、死して魔石が体から抜かれたら迷宮に沈む。
迷宮から外に出た魔物は別らしいが。
見たこともないし、今は滅多にいないらしい。異界誕生の時は世界に溢れて出ていたらしいが……
「さて、帰るか」
俺は振り返り彼女を見る。
赤い髪を肩まで垂らし、切りそろえられた前髪。頭一つ分は俺より高い身長……そして、額には一本のツノ。
師匠の能力は『鬼化』だ。
黒色を生地とした着流しに袖を通す姿は堂々としていて、所々に赤い線が斜め入ったデザインは、気の強そうな綺麗な薄い赤色の目をした師匠によく似合っていた。
しかし……俺も男だ。
はち切れんばかりの胸元に目が行くのは仕方がないだろ。
「貴様、どこを見ている?」
ギロリと睨んでくる師匠に——俺は視線を誤魔化しながら、
「おまえって『鬼化』しているとほんと性格ちがうよな!」
「んー! 貴様には関係ないだろう! さあ、帰るぞ!」
背中に背負う大刀をチャキリと鳴らし……俺の師匠が歩いて行く。
ドプリッ。
音に後ろを見れば跡形もなく魔物は消えていた。
それを見て俺は思う。ファンタジーだ、と。
師匠に遅れないようについて行く。
「さあ、帰るか……シンジュクに」
俺は、ここで異界探索者をやっている。
遥か……遥か未来でだ。意味、わからねーだろ? 目が覚めたら知らない時代なんてさ。
タイムマシーンも真っ青だ。
魔物を殺し魔石を取る。異界に潜る日々、それが今の俺の日常だ。
俺には家族が、妹がいた。ここにはいない。
いるのは——過去だ。
だから、俺は決めた。
「絶対に帰ってやる」
あの日の俺は……コンビニから出て缶ビールを飲んでいたはずなのにな。
どうしてこうなったのか……神様って奴が、もしいるなら教えてくれ。
三百年後に、何故……、俺は目が醒めたのかを。
……
…………
この物語は世界に異界が誕生した、災厄の日から始まる……
ありがとうです。