⑨レティシアside
入学してから、1ヶ月以上が過ぎたが、レティシアは戸惑っていた。
自分が7歳の時に、第一王子の婚約者という立場になり、初めて第一王子であるリューク殿下に会って前世を思い出した。
それからは、破滅だけは避けたくて努力を重ねてきた。そして、リューク殿下のご寵愛と信頼を得た、と思いたい。 学院入学に近づき、私の様子がおかしいことに気づいて下さった殿下に、信じてもらえるわけがないとも思いながらも前世の記憶と乙女ゲームの内容を伝えたところ、完全に信じてくださったわけではないけれど、もしそれが本当ならば放ってはおけないと、協力してくださることになったのだ。
そもそも、あの乙女ゲームの名は「聖女アリアはこの国を救えるか」という、一見乙女ゲームの名前か?とも思うもので、平民なのに光属性を持って生まれたアリアが、学院へ通い攻略対象者と愛を育みながら卒業間近に起こる魔物大量発生を解決し、聖女という立場を得て高位貴族である攻略者と幸せな未来を掴むという物語だ。
スタートでまず攻略者を選び、そこからどれだけ上手く攻略者と愛情を育てられるかでエンディングが変わる。定期的に起こるイベントの選択肢で好感度が変化するタイプのゲームだ。
どの攻略者を選んでも、悪役令嬢であるレティシアが侯爵令嬢及び第一王子婚約者として、平民を聖女にするわけにはいかないと立ち塞がるのだ。レティシアイベントというのも時折発生し、正しい選択をすると攻略対象者の大幅に好感度が上がるが、間違えるとせっかく上げた好感度が大幅に下がる。
その為、ハッピーエンドとノーマルエンドでは聖女を陥れ邪魔する存在として、卒業時に第一王子から断罪され牢獄に幽閉される未来が待っている。
ちなみに、バッドエンドではヒロインが魔物大量発生を解決できず平民生活に戻り、レティシアはそのまま第一王子と結婚するのだが、結局魔物を対処しきれずに国が滅びる。バッドエンドでも、レティシアイベントでの選択が好感度増でも好感度減でもない選択肢ばかり選んでいると、友情エンドになり平民生活に戻ったアリアとレティシアが協力し、国が滅ぶのだけは免れるという謎エンドもあるのだが。
国が滅びるのもダメだが、牢獄に幽閉も嫌だ。だからと言って、自分を不幸にするかもしれない相手と友情を育める度胸もない。
リューク殿下は二人で幸せな 未来を掴もうと言ってくださった。
「聖女になり得る平民が学院へ入学するが、どのような存在なのか見極めたいし、彼女が学院内でキミ達のような高位貴族に対し問題を起こす可能性も高い確率である。ただ純粋に学院で学んでくれるなら有難いが、もしもトラブルを多発させるようなら対処したい。レティシアや他の生徒まで巻き込む事態にもなりかねない場合もあるのだ」
と、攻略対象者の方々にも警戒するように呼び掛けてくださった。
そして、今。誰を選んでも入学式当日にリューク殿下にぶつかるイベント、彼女はぶつかりはしなかったが、目の前で盛大に転び走り去った。それでも、その後に起こる攻略対象者それぞれの出会いイベントをも発生させたのだ。
隠しキャラであるキルアとは会っていないようだが、ゲームの中では出会いイベントははじめに決めた攻略者との出会いイベントしか発生しない。私が変わったことによって、何かが歪んでしまったのか。
逆ハールートなどなかったが、ここは、ゲームの世界観であるが現実だ。何が起こるかなどわからない。それでも解せない。ほぼ全員との出会いイベントを発生させたけれど、ヒロインであるアリアの言動は全てノーマルで好感度はほぼ上がらない。実際に、攻略者全員が入っている学年代表会でそれぞれの報告を聞いた後、アリアの印象を聞いたところ
「よくも悪くもない。だけど、困っていたら放っておけない雰囲気はある」
というものだった。誰が言ったか、小動物のようだと。皆一様に頷き、可愛らしい姿形はしているけれど、恋愛対象にはならない、らしい…。
それでも、レティシアには不安が募る。アリアが、リューク殿下と話していると、顔を赤くするのだ。あれは間違いなく恋愛感情がある表情だ。リューク殿下を好きになっているのかもしれない。あんなに可愛らしい表情をされれば、リューク殿下も悪い気はしないだろう。
現状、アリアは勉学も魔法も礼儀作法もとても頑張っているのは知っていた。あのまま続けていけば、誰かと愛情を育みながら魔物大量発生を解決し聖女の立場に着く。そしたら、立場で言えば侯爵は下位になるし、もしもアリアがリューク殿下を欲してしまったら婚約解消もあり得る。
あと、もうひとつ。
魔法の授業でアリアが呟いていた言葉は、この世界にないものばかりだ。自分と同じく、転生者の可能性は高い。もしかしたら、この乙女ゲームの存在を知らないからノーマル選択しかしてないのかもしれないが、これからどうなるかわからない。
まだまだ、レティシアにとって、胃が痛む日々が続きそうだと思った。




