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座学の授業が終わったとある休憩時間、男子生徒に話しかけられる前に教室を出る。愛想笑いも疲れるのだ。 後ろから追われるのも嫌なので、足早に廊下を歩き裏庭へと向かう。その途中で、女性教師に声をかけられた。
「あら、アリアさん、ちょうどいいところに。お願いを聞いて欲しいのだけれど、急ぎの用事があるかしら?」
そんな風に聞かれては、ないと言う他ない。
大丈夫です、と答えると近くの特別教室にある箱に入っている道具を職員室まで持ってきて欲しいと言われたので、わかりました、と返事をした。
「アリアさんは平民だから力あるわよね」
そう言い残して去っていく教師。どういう意味だろうと思いながら特別教室に入ると、こんもりと箱に道具が詰まった箱が置いてあった。
ちょっと、これ、私が一人で運ぶの…?
箱からは、大きなポスターみたいな棒状にくるまれたようなモノが数本はみ出てもいる。
少し呆然としてしまったが、お願いされた以上運ぶしかあるまい。
「よし!運ぶぞ!」
気合いを入れて、箱を両腕で抱えあげた。
前がギリギリ見えるかどうかという大きさだ。持てないことはないが、結構ズッシリしている。
早くしないと休憩時間が終わってしまうと思い、職員室へと向かう。
その途中、前からハルバートが歩いてくるのが見えたので、よろけながらも少し横へ避ける。
「キミは、アリア、だったか。何をやっているんだ」
突然、ハルバートに話しかけられる。
「えっと…先生にこれを職員室まで運んで欲しいと言われたので持っていくところです」
箱の上からギリギリ見えるハルバートに目をあわせて答えると、ハルバートは眉を寄せて何かを考えている。
重たいので、早く去って欲しい…そう思っていたら、突然箱が軽くなって私の手元から離れた。
「…えっ」
ハルバートが箱を持ってくれたことに驚き、声をあげた。
「…箱を持った状態で転ばれたら中身が壊れてしまうだろう。職員室まで私が運ぶ。ああ、このはみ出ている棒状のモノは邪魔だから、それだけはキミが持ってくれ」
そう言われて、ここは断るべきかとも思ったが素直に聞くことにした。棒状にはみ出たモノを抜いて両手に抱えて、有難うございます、と伝えると、ハルバートは頷いて職員室の前まで並んで歩いた。話すこともないので、終始無言だったが、職員室の入り口につくと、持っているモノを戻せと言われる。元に戻すと、箱を渡されたのでまた両手で抱えた。
ハルバートは職員室の扉をコンコンとノックした後、扉を開けてくれた。
「あら、ハルバートどうしたのかしら?」
先ほどの女性教師の声が聞こえた。
「いえ、彼女の両手が塞がっていて扉が開けられないようでしたので。私はこれで失礼します」
そう言って背を向けたので、
「あの!有難うございました」
そう言うと、ハルバートは振り返って軽く首を傾げ、廊下を去っていった。
教師の中にも、私を疎ましく思っている人もいる。この女性教師もその一人だ。
運んだのは、私ということにしてくれたのだろうか。さすが攻略対象者、行動もイケメンである。
私は、女性教師に箱を渡して次の授業に遅れないように急いで教室へと戻った。
また、違う休憩時間、中庭を一人で歩いていると、急に強い風が吹いてどこからか大量の紙が私に向かって飛んできた。パッと背を向けたが、私に紙が当たることはなく、ゆっくりと目を開けると目の前にバルティスがいた。何枚かの紙がバルティスの前に落ちている。
「おい、大丈夫だったか?」
そう聞かれて、紙を防いでくれたことに気づいた。
「大丈夫です…有難うございます」
感謝の言葉を口にすると、バルティスはニッコリ笑った。相変わらずの爽やかさだ。
「あまり言いたくはないのだが…、キミがよく話している男性の中には、その…婚約者がいる者もいてな。いい気持ちにならない女性もいるんだ」
そう言われて、先ほどの突風が魔法の可能性に気づく。風上を見ると、数人の女子生徒がこちらを睨んでいるのが見えた。気がつかなかった。婚約者など、平民の私には無縁だが、貴族の中では当たり前のことだろう。手をギュッと握る。ここは、そういう世界だ。
「…その様子なら、気づいたかな?キミばかりが悪いわけではないが、気をつけてくれれば、俺としても有難いよ。余計なトラブルは学院生活には無用だ」
「…申し訳、ありませんでした」
唇を噛んで、頭を下げる。私だけを責められたなら、私もこんなに素直に謝れなかったかもしれない。さすが兄貴肌キャラである。
「これからは、もう少し気をつけてな」
バルティスはそう言って、私の頭をポンっと撫でて、去っていった。対応を、もう少し考えなければならない、そう感じた出来事であった。
バルティスが去った後、中庭を去ろうとすると、女子生徒が目に入った。見たことある顔なので、クラスメイトであろう。比較的静かでおっとりした二人だったと思う。どうやら、一人が先ほど舞ってきた 紙で手の甲を切ってしまったらしく、血が出ているのが見えた。もう一人が、心配そうに傷口を見ている。
こちらから声をかけるのは、少し躊躇したが、痛がっているのをそのままにしておけなかった。
「あの…大丈夫ですか?」
勇気を出して、二人に声をかけた。
「え…あ、アリアさん…?紙が当たって、切れてしまったみたいで。医務室に行こうかと悩んでいたのです」
普通に返してくれて、心底ほっとした。
「それくらいなら、あの…私が治してもよろしいですか?」
入学時に比べたら、それなりに失礼でない話し方ができているはず…。男子生徒よりも女子生徒と話す方が少し緊張してしまうが、彼女はパッと嬉そうな顔を見せた。
「え!お願いしてもよろしいのですか?!」
その反応に嬉しくなり、頷いて傷口に魔法をかけた。
スーッと傷口が消えていく。
「痛みはありませんか?」
そう聞くと、両手を握られた。
「有難う!アリアさんって本当に凄いのね!…あの、良かったら、友人になって欲しいのだけど…」
少し照れくさそうにお願いされ、驚いてもう一人を見ると、頷いてくれた。
「あの、なかなか機会がなくてお話できなかったんだけど、私達ずっとアリアさんと友人になりたかったの…アリアさんさえ、良ければだけれど」
「嬉しいです!ずっと友人が欲しくて…でも、私は平民ですけどいいのですか?」
社交辞令的なモノだったら悲しいから、確認で聞く。
「そんなこと。私達だって、決して高位貴族じゃないし、立場はあまり変わらないわ。良かったら、昼食などもご一緒できたら嬉しいし、敬語もなしでお願いしたいわ」
そう言われて、半泣きになってしまった。
二人は、クロエとシャーリーと名乗った。ケガしていたのがクロエだ。
とりあえず誰にでもなく、叫びたい。
私!友人ができました!!!




