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そして、入学して1ヶ月。前のような目に見えての嫌がらせみたいなものはない。それでも、こそこそ笑われたり悪口のような言葉は聞こえてきたが。私は気にしない。居残りで頑張って立ち振舞いや礼儀等習ってはいるが、それこそ小さい頃からそれを身につけてきた人達にすぐ追い付けるとは思ってもないし、"平民風情が"などと言われても本当のことだし、ある意味開き直っていた。
はじめから、アウェイだと思っていたしね。素敵な学院ライフなど諦めている。
そんな中、ついに選択授業である魔法の授業が始まる。
選択と言えど、魔力量によって初級、中級、上級が別れている程度で、私はぶっちゃけ底なしに魔力があるので上級クラスだ。
ここには…乙女ゲーム攻略対象者や小説主要人物の殆どが揃っている。
まずは、第一王子のリューク殿下。
普通は1つか2つの魔力属性なのだが、リューク殿下は3つある。火と水と雷だ。魔法も剣術もできて性格も温厚という完璧王子。
次に、宰相の息子であるというハルバート。雷属性を持ち頭脳派だ。メガネの似合うクールキャラ。
そして、王弟であり教師でもあるエドワード先生。緑属性を持ち大人の包容力と色気のあるキャラ。
すでに魔法は天才的な能力を持ち、授業には参加せず魔法や魔道具の研究ばかりしているキルアは変わり者でなかなか出会えない隠しキャラ。
既出のバルティス。この5人が攻略対象者らしい。
最後に、第一王子の婚約者であり侯爵令嬢のレティシア。闇属性の魔力の持ち主で、乙女ゲームではなく小説の通りなら、既に第一王子のリュークとラブラブのはずである。
少なくとも今 名前をあげた人物達は、私を警戒していることは間違いないように思えた。
授業が始まる。教師の立場であるエドワード先生が、一通り自己紹介をしようと言うので、リューク殿下から順に一言二言自己紹介をしていった。
もちろん、平民の私は最後になる。が、これで、攻略対象者及び悪役令嬢のレティシアと顔合わせしてしまった。キルアは会っていないが。
これは避けて通れないので仕方なしとしよう。
魔法の練習場の出入口付近には、高位貴族の護衛が授業を見守っている。ちなみに座学の授業中は廊下に護衛がズラリと並んでいるらしい。第一王子のリュークは王族なので護衛は2人いるが、残りの貴族の護衛は1人だ。ちなみに、私にはいるわけない。自分の身は自分で守るのよ…。
ちらりと護衛の方へと目線をやれば、カイルをすぐ見つけた。黒髪は相変わらず目立つ。胸がトクンと鳴ったが、私の目の前にはたくさんの、そして色々なタイプのイケメンがいるのだ。まるでアイドルグループのようだ。これはこれで眼福だとポジティブに考えることにした。
さすが、上級クラスには高位貴族が多いせいか、あからさまに嫌な目線等は感じなかったが、それでもアウェイ感はひしひしと感じていた。
自己紹介の後は、それぞれの能力を見る為に初級魔法を見せることになった。
リューク殿下が炎で人形を燃やし、ハルバートは一筋の雷光で丸太を割った。レティシアは影を使い人形を締め上げ、他の生徒もそれぞれの属性で攻撃していく。
私の番がきた。が、使う魔法をかなり迷っていた。攻撃魔法は得意ではないからだ。魔力調整が何故か失敗する。だから、的に攻撃を当てるではなく、手の平にポワッと光の玉を出した。
「アリアさん、それは何の魔法か聞いても?攻撃魔法ではなさそうだね」
エドワード先生に聞かれる。
「光の玉です。私は照明代わりに使ったりもしますが…初級魔法なら攻撃系じゃなくてもいいかと思ってこれにしました」
そう言うと、周りから失笑が起こった。うーん。ちょっと恥ずかしいかも…。
「これは、触っても大丈夫なものかな?」
エドワード先生が私の目の前にきて訊ねるので、大丈夫ですと答えた。先生の手が光の玉に触れる。
「ほう…これは、ほんのり暖かいんだね。あと、軽く疲れが取れたような…?」
「そうですね。癒しの魔力を具現化したものなので、疲れも取れるかもしれません」
エドワード先生は、私の言葉に頷いて手を離す。
「…うーん。何と言ったらいいか。アリアさん、もう暫くその光の玉を出していて貰えるかな?」
その言葉に頷くと、エドワード先生は他の生徒達を見回した。
「僕が今日、キミ達にやってもらおうと思っていたものはこれだ」
それを聞いて生徒達はざわついた。
「キミ達は皆攻撃魔法を見せてくれた。魔力を放出し、攻撃という形で的に放つことができる。それよりも、もっと基本中の基本が魔力の玉。これによって、魔力の微調整が上達する。まずは、アリアさんのように、自分の手の平の上で自分の魔力を具現化してみてほしい」
先生の言葉に、各々が手の平を広げて魔力を練り始めた。どうやら、なかなかに難しいのか、魔力がうまく丸まらず手の平から溢れ出してしまったり、攻撃魔法のようにすぐに魔力が手から離れてしまったりする人がたくさんいた。
…え?これ、そんなに難しいの?私は、誰かの傷を癒す時、傷の具合によって魔力出力を調節し手の平に留め、その手の平を傷口に当てるようにして治してきた。私にとっては、できなければ魔力を持っていても意味がないくらいの魔力の扱い方である。
しかし、さすが攻略対象者や悪役令嬢である。彼らは難なく手の平にそれぞれの属性の魔力の玉を出していた。
「出来ない人は出来るまで集中して頑張って。出来た人は、その手の平の上の玉を自分の想像する形や大きさに変えたり変化をつけてみて」
エドワード先生の助言に、出来ている人達の手の平の玉が形や大きさを変えていく。私も、真ん丸だった玉をびよーんと伸ばしてみたり潰してみたりする。これ…楽しいぞ?
「わた雲~、メレンゲ~、お餅~、指先につけて綿菓子~♪」
脳内にある白くてフワフワしたもの達を思い描きながら魔力の形を変化させていく。ふと、リューク殿下の手元を見ると、火色をした玉が前世で見た魂のような形になっていた。
「おお…お墓やお化け屋敷にいる火の玉みたい…」
と思わず口にだした。他に楽しそうな形は…と探したら、黒い影が小さなお人形さんの形になっていて
「あれは劇の黒子さんみたい…かわいい~」
と呟いたら、レティシアの手の平であった。パチリと目があった時、レティシアの目には確実に戸惑いの色が見えた。
「やはり貴女…」
レティシアが何かを言おうとしたのを急いで気づかないふりをして自分の手元に視線を戻した。
これは…確実に転生者だと気づかれたパターンだ。やってしまった。魔力調整が楽しくて、つい夢中になって気が緩んでしまった。レティシアが私をずっと見ている(気がする)。
どうすればいい。レティシア様はここが乙女ゲームの世界で私がヒロインだと思っているようですが、私にとってここは小説の世界で主人公はあなたです、とか説明する?意味不明すぎない?無理だ。
小説の乙女ゲームヒロインじゃあるまいし、不躾に話しかけることもできないし、無害だと行動で示すしかなくない?警戒されると、こっちも疲れてしまうし無駄にトラブル勃発しそうで怖いんだけど。
そして、動揺しながらグルグルと考えている間に魔法の授業は終わったのであった。