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朝、学院に着くと、教師にそのまま王城へ向かってくれと言われて、馬車に乗った。
カイルも不思議そうな顔をしていたので、聞いていなかったのだろうと思った。
王城へ着くと、レティが出迎えてくれた。
「アリア、おはよう。急にごめんなさいね。今日の授業は大丈夫だったかしら?」
心配してくれたので、大丈夫ですと答えた。復習は大事だが、結局はどこにも行くところがないから出席していただけだ。
「あの。私は何故呼ばれたのでしょうか」
「それは…」
「すまないね。私がお願いしたんだ」
レティの後ろから声が聞こえた。リューク殿下だ。
「リューク殿下、おはようございます」
「ああ、おはよう。少しバタついていてね、でも、少なくとも当事者には情報開示すべきとの声かあって、急きょ今日その時間が空いたんだ。部屋へ案内しよう」
リューク殿下にそう言われて、情報開示とは何のことだろうかと思いながらも、案内されるままに付いていく。
「あ!アリア!…なんでアリアがここにいるの」
途中で私を呼んだのは、キルア様だ。本当に王城にいた。いつもと違って、ちゃんと王城らしい正装に身を包んでいる。
「キルア様、お久しぶりですね」
「ね!久しぶりだ!…じゃなくて、何でアリアがここにいるのって聞いてるの!」
「私が呼んだんだ。当事者に情報開示しろと言ったのはお前じゃないか」
キルア様の問いに、リューク殿下が答えた。
「はあ?!そりゃあ言ったけどさ、王子が学院に行けばいいじゃん。なんでアリアが動かなくちゃいけないの。アリアもアリアだよ!呼ばれてほいほいと何で来るの!」
いや、断るとか無理でしょう、などと殿下の前で言えずに黙る。
「そもそもね!アリアはもっと自分に自由でいいんだ。勝手でいいんだ。もっと自分を大事にしなよね!自己犠牲は所詮ただの自己満足だよ」
何故、私はキルア様に叱られているのだろうか。
「キルア、口が過ぎるぞ。あと、それをお前が言うな」
リューク殿下の声が一段低くなったのに気づいて、私は慌てて口を開いた。
「キルア様、私のこと、心配してくださったのですか?私は大丈夫です。有難うございます」
「また大丈夫って言う!僕はいつもアリアの大丈夫な時間を考えて動いているからいいんだよ。だいたい王子はさ…」
「解ったよ。すまないレティ、アリアを案内してやってくれ。私はキルアを置いてくる」
キルア様の言葉を遮って、リューク殿下はキルア様の腕を掴んでグイグイと違う方向へと歩いていく。
「あーもう!アリア!僕がこいつらに利用されてあげてるんだから、アリアまで利用されなくていいからね!王子引っ張るなよ!」
そう叫びながら、キルア様は連れていかれた。
キルア様…神出鬼没だと思っていたけど、一応私のことを考えて動いてくださっていたのかしら。
「キルア様は、結構友達思いな方だったのですね…」
私が小さく呟くと、レティが目を見開いて、友達…?と聞いてきた。
「あ…おこがましかったかな」
失言だったと気付き、慌てて口を閉じる。
「…いえ。大丈夫よ。友達…そうね。キルア様は心を開いた相手にはお優しいわよね。では、私達も行きましょう」
レティは苦笑しながらも、部屋へと案内してくれた。
用意された部屋へ入り、暫くするとリューク殿下が戻ってきた。
「待たせたかな?時間があまりないから、早速本題に移らせてもらうよ」
リューク殿下は、これは王家だけの情報だったのだけれど、と前置きをした上で情報開示として説明を始めた。
実は、100年近く現れていないと言われていた光属性の人物は、50年ほど前に一度現れていたこと。過去の事例を考えても、光属性というだけで聖女になっているので、その人物は報告され次第すぐに聖女としての教養を学ぶために王城にあげられた。だが、周りが悪かった。将来聖女になる彼女を誉めそやし、まだその立場でもないのにどこまでも敬い甘えを許した。
その結果、出来上がった人物は、プライドが高く自分だけが良ければいいという世間知らず。討伐に行かせようとしても、何故自分が行かなければならないのかと駄々をこね、ケガをした人がこちらに来ればいいと言う。自分が小さく傷でもつけばすぐ回復を使うのに、討伐で瀕死の兵士を連れていけば汚らわしいモノを見せるなと魔法も使わずに部屋に戻ってしまう。最終的に聖女の素質なしと見なされるも、その現実を受け入れられずに気が触れて魔力を暴走させ、被害や噂が出回る前に幽閉したということだった。
当時の人間の寿命はおよそ50年とされていたが、国王が光属性の援護なくとも国民が平和に過ごせるようにと、森で採取される植物から毒草を発見し図鑑を完成させ、平地に農業を発展させ食糧を大幅に変更し、定期的に森の魔物を狩ることで調和を保たせた。そのおかげで今は寿命が70年から80年ほどへ伸びたのだ。そのことは習ったが、きっかけが聖女暴走と知っているのは王家と光属性の人物の世話をしていた数少ない使用人だけであろう。
「そんな過去があるからね。光属性のキミの存在が明らかになっても、すぐに聖女の教養を受けさせるわけにはいかなかった。が、その事実が…キミ自身に回復が使えない理由の一つの原因になっている可能性がある」
ああ、そういうことか、と納得した。カイルから話を聞いていたのだろう、リューク殿下も原因を探ってくれていたのだ。
「確かに、自身に使おうとすると呪いかのように見えない鎖が巻き付く感覚があるのは事実です。が、関係あるのでしょうか」
「わからない。だが、知っておくに越したことはないと思った。あと、まだある」
そう言って続けられたのは、闇属性についてだった。
闇属性は、史実によると実に150年現れていないらしい。闇属性は、属性の中でも一番魔物の魔力に近いとされ、魔物を操る能力があるという。光属性がいない時は、闇属性が魔物を操り、人里に来ないようにして平和を守ったとされているらしい。
「そして、現在は、何故か光と闇双方の属性を持った人物が同時期に現れ、それも二人とも似て非なるものの前世の記憶を持っている。その記憶の中の共通点である未来の魔物大量発生。全てが繋がっているように感じる」
リューク殿下は、そう締め括って口を閉ざした。
リューク殿下の情報と考察を、改めて一から考える。もしかしたら、ゲームのエンディングでも、小説のエンディングでも、足りない何かがあったのでは、という結論に至って、レティを見た。レティも、何か思ったのか私を見返す。
「もしかしたら、光と闇、双方で力を合わせ何かを成し遂げないといけないということなのでしょうか」
レティが、リューク殿下に問うた。リューク殿下は強く頷いた。
「その可能性が、十分にあるということだ。人間の魔法属性は、神が定めるという説がある。正直、私は神とはどの存在をさすのかわからないが、もしも神が今のこの世にあえて光と闇を与えたのなら、何かしらの意味があるのではないかと」
そう、この国は信仰というものがない。強いて言えば王家か。なので、リューク殿下が神という存在がわからないというのも仕方のないことだった。
「…もう一つ、見せたいものがある。移動するが、大丈夫かな」
もう少し考えてみたいところだったが、見せたいものがあると言われれば行くしかないだろう。頷くと、リューク殿下の後に続いてレティと部屋を出た。
そのまま奥へと進み、厳重に警戒されていた扉をくぐり抜けると、広い庭のような場所へ出た。その中央には綺麗な噴水があり、そこから小さな川のように水がどこかへ続いていっていた。その小さな川辺には、見たことがあるような植物を見つけた。森で毒草と教えられたものにそっくりだった。
「この噴水は、聖なる水と言われている。王家では、子どもが誕生するとこの水を産湯として使う。そうすることによって、王家の血筋は強い魔力を宿すと伝わっているんだ」
噴水をよく見ると、普通と水と明らかに違うのが解った。
「殿下、これは…」
私が呟くと、リューク殿下は頷いた。
「ああ、アリアなら解るのかな?そうだね、この水は、微量の光属性の魔力を宿しているんだ。一度、その事実を知る使用人が警備の目を盗んでこの水で自分の子どもに産湯として使用したことがあるんだが…その子どもは産まれた瞬間確かに火属性を持っていたのに産湯としてこの水を使用したら魔力が消えたらしいんだ。王家の血筋にしか作用しないらしい。その為、王家はこの国や聖女を守る為の存在として厳しく指導されるよ」
リューク殿下は、自分の幼い頃を思い出したのか苦笑した。
「回復等の効果はないのですか?」
素朴な疑問だった。この水があれば、聖女の存在などいらないのではないか。
「試したことがあるが、回復も浄化の効果も、ほぼないという結果だった。だが、産湯の他にも何かしらの効果があるのでは、と思っている」
何かしらの効果がありそうだが、それが解らないから私達に存在を知らせた、ということか。
私は、噴水から流れていく小川を眺めた。森で見る毒草とほぼ同じ植物があるが、何か違う気がする。
そこで、ふと思い立った。
「レティは色々なゲームをクリアしているわよね?」
私の言葉に、レティは頷いた。
「恋愛ゲームだけでなく、RPGや格闘もプレイしていたわ」
「それらのゲームの中で、魔法が使えるゲームは、基本的に魔力や体力回復薬があるのが定石なのに、この世界の回復と言ったらめったに生まれない光属性だけって、不思議じゃない?」
私の目線の先を見て、レティは気づいたようだった。
「もしかしたら、この水で回復薬が作れる可能性が…?」
「解らないけれど。あの毒草、森で見るものとは少し色が違うのよね」
「何の話をしているんだい?」
リューク殿下が話に入ってきた。それに、レティが答える。
「殿下、もしかしたら、毒草とこの水によって、魔力や体力の回復薬が作れるかもしれないって話です。王城には、医薬品の研究施設もありますわよね?」
「…そういうことか。この水は、ここでしか湧かない。この小川も途中で深い穴の中に流れていき、どこに向かっているのかも解らずかなり貴重なものだが…一度陛下に話を通してみよう」
そう。この世界には、医学がありある程度の薬はあるが、所謂回復薬というものは一つもないのだ。なので、光属性がいない時は、ケガや状態異常があっても自力で治すしかなかった。もしも回復薬が完成したならば、人間にとってかなり生きやすいものになるだろう。
「さて、これでこちらの用事は終わったわけだが、来てくれたお礼として、王城の自慢のスイーツを用意させているんだがどうだろう。学院に戻りたいなら強くは言えないが」
「アリア、もし良ければ、久しぶりにゆっくりと私とお茶でも飲んでくれると嬉しいわ」
リューク殿下とレティから嬉しいお誘いである。2つ返事でオッケーを出した。
「では、帰るまでカイルを借りていいかい?そうだな、王城だから大丈夫だと思うが、代わりにザクトをつけよう」
リューク殿下はそう言われると、レティはにこやかに私の隣に来る。
「たまにはいいでしょう?ではリューク殿下、失礼します」
レティは、はじめからリューク殿下がカイルに用があることを知っていたのか、流れるような動作で私を連れ出した。少しだけ疑問もあったが、断る理由もないのでレティとお茶を楽しむことにした。




