③カイルside
第一王子が学院へ入学するということで、護衛を任されたカイル。
入学式の日に、王子の目の前で盛大に転んだ女子生徒は、この国では珍しいストロベリーブロンドの髪色を持っていた。会話もそこそこに学院の奥へと逃げ出した彼女を王子やその婚約者である侯爵令嬢は何故か警戒していた。
走り去った彼女を追いかけて様子を報告しろ、との王子の命令を受けて、護衛はもう一人に任せカイルは彼女の後を追った。
中庭で肩を落とす彼女に声をかけると驚いたようにカイルを振り返った。大きな黄色の瞳を瞬かせ、こちらを見上げる彼女に一瞬目を奪われた。が、王子達が警戒する人物だ。注意することに越したことはない。
確か、平民であり、光属性の持ち主だったか。
ケガをしているようなので、魔法で治さないのかと聞いたら、自分には効かないんだと申し訳なさそうに呟いた表情が脳裏に焼き付いた。だからと言って、何というわけでもない。今まで貴族を相手にしてきたからこそ、自分と同じように目立つ髪色で珍しい平民だから心に残るのだろうと思った。王子殿下には、今のところ特に気にするようなことはない、と報告した。
ある日、王子が授業後に教師達と話し合う機会があり、カイルはそれに付き添っていた。話し合いも終わり、帰路につこうと二階の渡り廊下にさしかかった時だった。ふと、気配を感じて裏庭を見下ろした。
「殿下…。」
「…ああ。例の彼女だな」
王子も気がついたようで足を止めて彼女を観察し始めた。
一冊の本を抱え、辺りをキョロキョロと見渡している。物凄く、怪しい。何をするつもりなのかと思っていたら、彼女は本に手をかざし魔力を通しているようだった。
その瞬間、彼女の身体がほんのりと光り始める。
「なんだアレは。何をやっている…」
王子が誰ともなしに呟く。
すると、本から文字のようなモノが飛び出し、彼女の中へと吸い込まれていった。
幻想的にも見えたそれは、数分の出来事だった。彼女から発してした光は収まり、本を近くのベンチへ置いた。
そして、彼女は背筋を伸ばし、誰もいない中、首を傾げながらも何度もお辞儀をする。と思ったら5メートル程の距離を往復するように歩いていた。
「…練習を、しているのか?お辞儀と、歩き方の」
王子が呟いたことで、カイルもなるほどと思った。彼女は平民だ。入学式の日に少し話した時も礼儀も作法も知らないようだった。初めて会話する相手との話し方ではなかったし、立ち振舞いも貴族の優雅さとは程遠かった。カイルはそんなに気にするタイプではなかったが、貴族の大半は気になるだろう。学院側から指導を受けているのかもしれない。
「しかし、先ほどの光は何だ?本から文字が飛び出しているように見えた…」
王子が考え込んでいる後ろで、カイルも先ほどの光景を思い出していた。
「…本に、魔力を通しているようでした。光魔法の一種かもしれません」
そう、伝えると、王子も頷いた。
「そうだな。見たことのない魔法だが、もしかしたら魔力を通して本を読んでいたのかもしれないな。あれは礼儀作法の本だ。光魔法はまだ謎の部分も多い。彼女自身、聖女としての素質があるかどうかも」
そう。光の魔力を持つ者は聖女になる資格がある。だが、ここ100年近く光の魔力を持つ者は現れなかったし、奇跡を起こすとも、未知の魔力とも言われているものだ。だが、聖女という存在は王家に匹敵する存在でもあり、例えば能力や性格に難があれば聖女とは認められない。カイルには、王子達がそれ以外にも警戒する理由があるように見えたが、それが何かは解らなかった。
「ただ練習を誰にも見られたくなかっただけかもしれないが、稀有な存在がゆえに、これからどのような行動をするかも解らない。警戒するに越したことはないな」
王子は、そう結論づけるとともに、校舎を後にした。