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23/57

23 カイルside


 魔法学院の学年度最後に盛り上がる行事がある。一年生による魔法の授業の集大成とも呼べる、魔法披露会。


 2、3年生は自由見学することができ、今年はリューク殿下をはじめ、上級クラスがかなり優秀な上にアリアやレティシアという特殊属性もいるおかげで、かなりの盛り上がりを見せていた。

 アリアのことは少し心配していたが、攻撃も上手く出すことができ安心した。


 間もなく、閉会を迎えるという時に、全身に鳥肌が立つ。ものすごい数の殺気を感じ空を見上げた。

「中型魔物である鳥竜がこちらに向かってきています」

 そんなアナウンスが流れ驚愕した。


 鳥竜は、春になって暖かくなると、過ごしやすい場所へ群れで移動をする魔物だ。

 いつもは、学院が春休みに入った頃に移動を開始する。何故今なのかと考えながらも、すぐさまリューク殿下のもとへと走った。

「鳥竜が移動するには時期が早すぎますね」

 一緒に来たレオが殿下へ話しかける。

「ああ。今年はかなり早くから気温が上昇していたしな。王城からも、注意するように話は来ていたが…予想以上に早かった」

 殿下は城から何かしらの情報を得ていたようだったが、想定外とはいえ悔しそうに唇を噛んだ。



 教師達がいち早く動き、生徒達の誘導を始める。

「くるぞ!」

 リューク殿下が、迎撃態勢へ入っている者達へ伝えた。

 先ほどまで披露会に参加していた一年生の上級クラスや自由見学していた2、3年生達が一斉に構える。

「それにしても鳥竜達は殺気だちすぎですね。ビリビリします」

 俺がボソリ呟くと、リューク殿下が頷いた。

「普段、鳥竜は移動にこの辺りは使わない。だが、先ほどのアリアが放ちレティが弾いた光の矢で、様子を見に来た可能性がある。私とハルバートの雷を見て、危険と考え攻撃対象として認識したのかもしれない。…では、行くぞ!」

 リューク殿下は、推測としながらも現状を説明し、降り立ちはじめた鳥竜へと向かっていった。

 俺達もそれに続く。リューク殿下の背後はレオに任せ、俺も鳥竜に魔法を放ちながらも近づいてきた鳥竜には剣を振り、なぎ倒していく。


 そのうちに、群れのリーダーが会場に降り立った。リューク殿下が我先にと向かっていく。自分もそれに続こうとして…視界の端にストロベリーブロンドを捉えた。


 アリアが、見学席で一人立っていた。

 呆然としているようだった。そうか、彼女は平民だ。戦闘はもちろん、魔物を見るのでさえ初めての可能性がある。

 あのままでは危ない。だが、叫んで指示するには、周りの雑音に紛れて届かないかもしれない。

 鳥竜には風耐性があるので、火属性ばかり使っていたが、ここでアリアに向かって風を吹かせた。


 気づけ。


 そう念じれば、彼女はこちらをゆるりと見た。

(に・げ・ろ)

 そう、口を動かせば、彼女にその思いが届いたようで、避難場所へと向かって一歩踏み出したのを確認した。だから俺は、リューク殿下を補助しながら目の前の敵に集中した。


 だいぶ鳥竜のリーダーが弱ってきたと思い、ふと会場を見渡すと、あちこちで生徒や教師、護衛が鳥竜と戦っている中に、縦横無尽に走り回り回復や強化をかけ続けているアリアを見つけた。

 先ほど逃げろと言ったのに、彼女は避難ではなく戦闘補助に回っていたのだ。

 痛がっている人に惜しみ無く回復をかけるのに、自分自身が傷ついているのは気づかないふりをしているのか。

 衝撃を受けるとともに、俺はある事実を思い出した。


 鳥竜のリーダーは間もなく討伐できそうだ。一度呼吸を整えるために鳥竜と距離をとった殿下に声をかけた。

「殿下!アリアが危険です!俺をアリアのもとに!」

「何故だ、アリアは回復できるだろう?!」

 リューク殿下が目の前の敵から目を離さないまま答える。

「アリアは自身に回復は使えないのです!他人にしか効かないと言っていました!」

 すると、リューク殿下が驚いて一瞬こちらを見た。

「それは本当か!カイル!次期聖女候補を守れ!これは命令だ!!」

 その言葉から、リューク殿下の心遣いが感じられた。俺は殿下を守る為の護衛だ。だが、その命令により殿下のそばを離れる正当な理由ができたのだ。

 はっ!と短く返事をして、アリアの元へと走った。


「おい、大丈夫か!」

 後ろからアリアに声をかけると、一瞬驚いてこちらを見たが、アリアは大丈夫ですと勝ち気に笑った。

 本来、戦闘補助は後方支援だ。戦場を駆け巡りながら補助をするならその人物を守る人が必要だが、今のアリアにはいないのでただ本人の傷が増えていく。俺が守らなければ。

 リューク殿下達が群れのリーダーを倒すと、あとは雑魚だけだと周りを鼓舞し、アリアには強化と回復に集中させ、残りを片付けるべく剣をふるい火属性の魔法を放った。


 次がくる、その言葉に急いで遠くの空を見た。

「援軍はまだか!」

 これ以上は戦闘メンバーの士気が持たない。思わず叫んだが、アリアは違う言葉を叫んだ。

 魔物を初めて見たはずなのに、大量発生(・・・・)はまだ先のはず、と言ったのだ。

 一瞬戸惑った。何故そんな言葉が出るのかと。だが、レティシアがアリアの言葉に答えると、アリアは小さく何かを呟いていた。

 よく聞くと、小さな声で何度も怖いと言っていた。今になって、恐怖が襲ってきたのかもしれない。

 何か言わなければという思いと、次の群れをどうするかという考えが交差した。


 まずは、アリアを落ち着かせようと思い声をかけようとした瞬間、アリアの瞳に光が宿った。

 レティシアと何言か言葉を交わし、何かを決意したようだった。どんな策があるのかと見守っていたら、何と会場全体に防御魔法を展開させた。


 普通、防御魔法は自分のみにかけられる。

 緑属性は少し特殊で、防御魔法を自分以外にもかけられるが対象が限られている。こんな風に、空間自体にかけられるのは、光魔法ならではなのかもしれない。

 これで、魔物はこちらに近づくことができなくなった。が、危機が去ったわけではない。魔物はこちらを攻撃対象として認識しているままだからだ。


 すると、今度はレティシアが魔法を展開させた。頭上に、真っ黒な闇が現れる。

 これが、先ほど言っていたブラックホール、だろうか。どんな効果があるのかと見上げていると、出現した闇は光のドームに弾かれ魔物の群れに向かって飛んでいく。

 その闇の魔力には何かしらの吸引力が働いているのか、どんどんと魔物が吸い込まれていき、言葉が出なかった。

 これが、光と闇、特殊属性と言われる所以。圧巻であった。


 やがて、鳥竜の鳴き声が響いて群れは撤退していった。アリアの防御とレティシアの攻撃魔法に負けを悟ったのかもしれなかった。


「終わった、の?」

 レティシアが小さく呟くのが聞こえて、自分も自身に纏った強化魔法を解いた。

 ふと目の前を見ると、アリアがゆっくりと深呼吸しているのに気づく。

 戦闘が終わった安堵かと思ったが、アリアの瞳には光が宿ったまま、何かしらの決意を感じられた。

 それを見て、焦燥感に襲われた。

「おい、何をする気だ、もういい…」

 そう言って止めさせようと、アリアの肩を掴んだ。

 俺が言葉を言いきる前に、アリアが何か呟いた。聞き返そうと、もう一度声をかけようとして。


「全回復!行きます!」

 アリアの言葉とともに、アリアの全身が光り輝いた。もう殆ど残っていないだろう魔力を、使い果たそうというのか!

「やめろ!倒れるぞ!」

「アリアさんやめなさい!」

 俺の声と同時にレティシア様の叫び声も聞こえた。同じことを考えたのだろう。

 だが、制止を聞かずにアリアは魔力を放出した。未だ光るドームの中全体を回復魔法が広がった。


 周りから、治っただの身体が軽いなどと喜びの声が聞こえた。

 もちろん、俺の中の疲れも吹き飛び、まるでぐっすり眠り朝日を浴びて目覚めた時のような爽快感が身体を包んだ。


 光が収まると、アリアがゆらりとこちらを振り向いた。肩を掴んだままなので顔が近い。俺を見上げ、黄色の希望の光の色を含んだ瞳と目があった。

「回復、成功…しました…か?」

 そう、呟いて、俺が頷こうとする同時くらいに、彼女の身体から力が抜け、希望の瞳は閉じられた。


「アリア!アリア!!」

 俺が急いでアリアの身体を支え何度も呼んでいる近くで、リューク殿下も叫んだ。

「レティ!大丈夫か!」

 リューク殿下が崩れゆくレティシアの身体を支えた。

 レティシア様も、回復で身体の傷や疲れは癒えたはずだが、彼女もあれだけの大きい魔法を使ったのだ。

 リューク殿下に小さく頷いているのが見えたので、魔力の殆どを使った時に起こる脱力感が襲ったのかもしれない。


 直後、援軍が到着したが、戦闘は終息しており、本来の戦闘のプロ達は倒れた魔物の処理だけだった。


 戦闘のプロがまともにいない、かなり不利な戦闘だったのにも拘わらず、結果は負傷者1名であった。

 避難者はもちろん、戦闘に参加していた誰もが汚れたり破れた制服に身を包みながらも身体は完全に回復しているのに、ある種一番の功績を残したアリアだけが、身体中に傷を負い、魔力を枯渇させ意識を失っており、その姿は後から来た援軍に戦闘の壮絶さをリアルに物語っていた。


 



 この戦闘で、学院は数日早いが春休みに突入した。長期なので、生徒はそれぞれ実家に帰っていた。

 リューク殿下も王城へと戻ってきている。アリアも、春休みには一度実家へ顔を見せに帰るのだと嬉そうに語っていたのを思い出した。だが…。


 王城は人が多いので、俺の仕事時間は少なく自由時間はかなり増えている状態だ。その時間を使って、王城の奥のある一室の前まで来た。

「…また来てくださったのですか。申し訳ありません、未だ、目を醒まされておりません。時折、まだ苦しそうな顔をされていますが、穏やかな表情が多くなってきたように思います」

 現状を報告されて、有難うと言って立ち去る。


 倒れたアリアは王城で手厚く保護されていた。王城勤めの医務官が様子を診てくれているらしく、看護官が交代で必ずついてくれている。安心だとも思うのに、突如よくわからない不安に襲われて、ついここまで足を運んでしまう。


 あの、戦闘時にみたアリアの瞳の中の光が忘れられない。あの時、何を感じていたのか。怖い、怖いと呟き震えていた彼女を守らなければと思ったのに、気づけばこちらが護られていた。自分が倒れると理解していたはずだ。なぜ、自分自身を犠牲にしてあそこまでできたのか。解らなくて、知りたくて。


 その日の仕事が終わり、もう一度アリアのいる部屋の前まで行った。無意識に近かったのかもしれない。

 昼間と同じ看護官が顔を出す。

「…すまない。わかっては、いるんだ」

 何だか申し訳ないような気がして、謝ってしまった。

「…少し、顔を見て、いかれますか?」

 看護官の言葉に、パッと顔をあげた。

「いいのか?」

「ホントは…あまりよくないのでしょうけれど、顔を見れば、カイル様も少しはご安心できるかと。内緒ですよ?」

 少しだけですからね、そう言って、暗い部屋に通された。


 ベッドの脇にあった椅子に腰掛けて、アリアの顔を見た。小さなテーブルに載せてある光にうっすら照らされた顔色は真っ白で、思わず息をしているか確かめたくなった。

 魔力の枯渇はかなり身体に負担をかけ辛いはずだ。だが、今は穏やかな表情であった。

 


「アリア、アリア…キミはいつまで寝ているつもりだ。魔力が多くとも寝込むのは数日のはずだろう?もう、一週間が過ぎたんだ。どれだけ魔力を使ったんだ?俺が見ていない間、何人に、いや何十人に回復や強化を使った?それより魔物自身に直接攻撃を仕掛けた方がキミは傷つかなくて済んだのでは?あの防御魔法は?あそこにいた全員を回復なんて、無茶に決まっているだろう?何故俺の制止を聞かなかったんだ。なぜ…あそこまで」

 返事など聞けるはずがないのに、疑問を投げていく。答えを、待ってしまう。

 でも、聞こえるのは、寝息のような規則正しい呼吸音だけだ。


 何だか泣きたくなって、ぐっと眉間に力を入れた。

 学院に入学してから、何度も触れたくなった彼女のストロベリーブロンドの髪を、1房そっと左手で持ち上げた。抱きしめられない代わりに、引っ張らないように注意しながらも強く握った。


「…ほんとうは、何でもいいんだ。キミの瞳をもう一度見たい。声が聞きたい。笑った顔を。早く、俺に見せて」


 目を瞑る彼女にそう呟いて、後ろで待機していた看護官にお礼を言い、その部屋を後にした。






 そして、このアリアに対する突き動かされるような強い感情に名をつけられぬまま、ただ、次からは必ずこんな風にはさせないと、彼女の覚醒(そのとき)を待った。




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