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 魔物の群れが見えた瞬間、私は足がすくんで動けなくなった。

 平民であり、街から出たこともない私は、魔物を見たのは初めてだったからだ。


「アリア!行きましょう!私達では歯が立たない!」

 そう私の腕を掴んだのは、クロエかシャーリーか。

「大丈夫、大丈夫よ…」

 私は無意識に呟いていた。落ち着かなければ。


 混乱する感情をコントロールしたい。ただそれだけだった。

「…クロエッ!アリアは大丈夫だと言っているわ。上級クラスなら戦える!」

 そう聞こえて、反復する。私は上級クラス、戦える。戦える者は迎撃態勢…、迎撃態勢ってどうするの?


 貴族は、少しずつ両親とともに魔物討伐の訓練を受けている。

 魔法の授業が下級クラスは、学院にて少ない魔力の効果的な使い方を学び、将来的には、剣術や体術を扱い一人前に成長していく。

 なので、貴族は弱い魔力だろうが、魔物相手にどのような行動を取るべきかわかっているのだ。

 その為、先ほどのアナウンスで鳥竜が自分にとって戦えるか否かが瞬時に判断できるのだろう。


 では、私は?授業としては、基本的な動きは習った。だが、それだけだ。

 実戦は、2学年からなのだ。頭で理解していても、行動が伴わなければ意味がない。


 ボンヤリと辺りを見回す。


 実力がない生徒達は、教師の誘導のもと避難を始めていた。

 戦える者や上級クラスのメンバーは、降り立ち攻撃を開始した魔物…鳥竜を相手に迎撃していた。

 もちろん、生徒達についている護衛もそれぞれの主人を守るべく攻撃に参加していた。


「鳥竜は風と水に耐性がある!その属性の者は下がれ!」

 誰かが叫ぶ。その声に前線にいた数人が後退した。

「直に援軍がくるはずだ!それまで持ちこたえろ!」

 これは、リューク殿下の声か。

 よく響く声に、光り輝く金髪をなびかせ、火属性や雷属性の魔法を連発していた。

 リューク殿下の近くにレティシアの長い銀髪にも気づいた。

 闇の魔力で魔物を縛りつけ生徒達が攻撃しやすいようにしていた。

 ハルバートも雷魔法を操り、バルティスは剣舞の際持っていた戦闘には向かない剣で何とか奮闘し、エドワード先生は緑属性の魔力を練りこんだしなやかな鞭で魔物と向かい合っていた。


 そのうちに、他の鳥竜に比べ一際大きな魔物が降り立った。

「群れのリーダーか!私が相手をする!皆は他を頼む!」

 リューク殿下が自分達の倍はあろうかという大きな魔物へ攻撃を開始した。護衛の人達も続いた。

 

 その光景を暫くボンヤリと見ていると、ぶわっ!と衝撃波のようなものを感じた。

 その魔力の波動に、リューク殿下の護衛であるカイルが風魔法を使ったのだと気づいた。

 黒髪なので遠目でもわかる。カイルを見たら、カイルも一瞬こちらに目を向け、逃げろ、そう、口が動いた気がした。


 逃げる?そう思って、避難する方へ一歩足を踏み出した。

「魔力が足りない者や負傷者も下がれ!無理をするな!」

 もう一度、リューク殿下の声がした。よく見ると、鳥竜の攻撃をかわしきれず血を流したりどこか痛そうにしている人達がいた。その瞬間、自分のやるべきことが頭に浮かんだ。


「…逃げない!私はっ!」


 自分を叱咤激励して、戦場に駆け出した。

 無我夢中で走った。負傷者に回復魔法をかけ、攻撃が弱く魔物に致命傷を与えられないような人に強化をかけた。

 頭を回転させ、目に捉えるものすべてに集中させて魔法を発動させていく。

 戦場の経験がない私は魔物の攻撃を瞬時に避けることなどできなかったが、ギリギリでかわすことができていた。授業の賜物だと思う。

 それでも、少しずつ自分の傷が増えていっているのには気づいていた。だが痛みは感じない。それどころではないのだ。


 本当はむちゃくちゃ怖い。でも、足を一度でも止めてしまえば動けなくなると思った。

 ほぼ無尽蔵にあると思っていた自分の魔力が減っていくのにも気づいていた。

 私の強化や回復で戦闘心を持ち直した生徒達が頑張って戦っている。

 そして、視界の片隅にリューク殿下や護衛達の攻撃でかなり弱った鳥竜の群れのリーダーが見えて、あと少しだと感じた。


「おい!大丈夫か!」

 すぐ後ろで、カイルの声が聞こえた。

 何故、リューク殿下のそばではなく、こちらに来たのだろう。一瞬疑問にも感じたが、今はそんなこと考えている余裕はない。

「大丈夫です!」

 そう答えた時、ドォン!と音が響いた。群れのリーダーが倒れた音だった。

「よし!あとは雑魚だけだ!キミは回復と強化に集中しろ!俺が守る!」

 カイルが私に対して攻撃を仕掛けてくる鳥竜に魔法を放っていた。

 それが心強く感じられて、カイルの存在に感謝した。鳥竜も残り少なくなり、終わりが見えたと思った。


「…おい!次がくる!!」

 そう言ったのは、誰の護衛か。

「まさか!」

「あれを見ろ!ここの戦闘に気づかれたんだ!こっちに向かってくるぞ!」

 今戦っている群れとは違う鳥竜の群れが、こちらへ向かってきていた。

 

 生徒達の顔が、絶望へと変わっていく。気づけば、私も足を止めていた。

「援軍はまだか…!」

 後ろで、カイルの焦った声が聞こえたが、そんなことも気づかずに私は思わず叫んだ。

「なんで?!大量発生はまだ先のはずでしょう?!」

 

 それに答えたのは、レティシア様だった。

「そんなこと言っている場合じゃないわ!どうにかしなくちゃ!!」

 レティシアも焦っているはずなのに、その声は酷く冷静に私に届いた。

 もう、ほとんどの生徒達に戦う気力は残っていないようだった。それでも、次の魔物の群れはどんどんとこちらに近づいてくる。


 ひとつだけ、方法があった。小説で、レティシア様が説明していたアリアの魔法。

 でも、今の魔力を殆ど失った私が使うには、負担が大きすぎる。

 そして、まだそこまでの能力が開花していない為、中途半端になる恐れすらある。

 レティシア様が小説の中で起きた卒業間近の魔物大量発生時に使った魔法をあわせられれば、もしかしたら防げるのかもしれなかった。


「…怖い、怖い、怖い」

 俯いて小さく呟く。それを使えば、魔力が枯渇して倒れる。それはわかる。


 だから怖い。でも。


 私は、空を見上げ次の魔物の群れを見据えた。

「レティシア様!ブラックホール!使えますか!!」

 魔物を見据えたまま叫ぶ。

「何故それを?!…いえ!使えるけどまだ未完成なのよ!出現させるしかできないわ!」

 レティシアは驚いたようだが、すぐに頭を切り替えたようだった。

「十分です!私は!会場(ここ)全体に防御魔法をかけます!光と闇は相対する属性!」

「貴女の防御魔法にブラックホールが当たるように出せというの?!」

 さすがレティシア様だ。私の考えていたことをすぐに理解してくれた。

「他に方法がありません!行きます!!」

 魔物はもうすぐそばだ。とりあえず降り立つのを防がなくてはならない。

「最大防御展開!行っけぇぇー!!!」


 私は両手を上に掲げ、会場全体に防御魔法を展開させた。

 光り輝くドームの天井のように、光の魔力が展開されていく。

 先頭を飛んできていた鳥竜が私の防御魔法に当たり弾かれた。

「…どうなってもしらないわよ!行くわ!ブラックホール!!!」

 レティシアが叫び、光のドームの真上に真っ黒な闇が出現する。


 その瞬間、光と相対する闇の魔力は光のドームに弾かれた。


 ものすごい速さで飛んでいくブラックホールに、鳥竜の群れはどんどん吸い込まれていく。

 半分以上の鳥竜が飲み込まれた辺りで、魔物の鳴き声が響き渡った。

 リーダー格の鳥竜が飛ぶ向きを変え、他の鳥竜達もそれに倣った。


 そして、魔物の群れは去っていった。


「…終わった、の?」

 レティシア様の呟きが聞こえた。私は飛び去った鳥竜達の群れから地上に視線を移した。

 もう、身体は動かない。ほとんどの魔力を失っていた。

 先に地上に降り立った鳥竜達も、全部討伐が完了しているようだった。

 でも、先ほど私が回復させたとは言え、まだ、もしくはまた負傷している人達が見えた。皆、疲れきった表情だった。


 私は、深く深呼吸した。

「…おい、何をする気だ?もういい…」

 何かを感じとったのか、カイルが私の肩を掴んだ。

 でも、このままではダメだ。私だけが、できる魔法。戦闘のせいか、自分自身興奮しているのがわかる。

 落ち着くように目を閉じて、私の中の総ての魔力を練りあげる。


「…大丈夫、大丈夫。私の残りの総てで」

 光のドームの中全てを想像する。まだ戦える人達だって疲れている。負傷者は、痛みを耐えている。

 その全てを、治すんだ!


「…全回復!行きます!」


「やめろ!倒れるぞ!!」

「…アリアさんやめなさい!」

 私が全回復魔法を展開させるのと、カイルとレティシアが叫んだのは同時だった。

 会場全体が、春の穏やかな日射しのような暖かい光に包まれた。

「なんだ?!身体が軽い…!」

「なんて柔らかい魔力なの?!」

 そんな声があちこちから聞こえた。


 回復の光が収まり、私はカイルを振り向いた。

「回復、成功…しました…か…?」

 そして、カイルの答えを待つことなく、私の意識は途絶えた。




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