⑳
一年修了まで、1ヶ月を切った。
またも、私は困っていた。もうすぐ魔法の授業が一年の総仕上げということで、攻撃、防御、強化それぞれ皆の前で披露しなければならないからだ。
エドワード先生には、覚悟を決めます等と言ったけど、結局攻撃は怖くて練習していない。ちなみに、他は授業の成果もあり、さらに精度をあげてできるようになっている。
授業後、裏庭で一人考えていた。だんだんと生徒の声が聞こえなくなっていく。一般的な攻撃ができないのは私だけだ。実は、キルアには魔道具を秘密で貸してくれると言ってもらえたのだが、キルアの魔道具は火水緑雷属性のみだ。絶対バレるし…とお断りしたら「さすがに解るかぁ」などと大爆笑されたのだが。
頭を抱えながら何となく人の気配がなくなっていく校舎をながめていたら、カイルが通りがかった。目があうと、こちらに近づいてきた。
「また何か悩んでいるのか?」
困っているのが表情に出ていたのか、カイルに尋ねられた。
「あっ…と、その…」
カイルは貴族のはずだ。どうしようか一瞬悩んだが、きっとバカにはされないと思った。約一年、それくらいの関係性は築いてきたと感じている。
「…傷つけ、傷つけられる覚悟とは、どのようにして持つものなのでしょうか」
カイルを見上げ、思いきって聞いた。貴族では、当たり前に持っている覚悟。どれだけ考えても、平民の私には理解できなかった。
「…キミは、誰かを傷つけようとしているのか?」
カイルが、どこか驚いたような表情を見せた。あれ?聞き方を間違えたのかな?少し焦ってしまった。
「…え?!いえ、違うのです。攻撃魔法をですね…」
「その攻撃魔法を誰かに撃ちたいのか?」
少し食い気味に、言葉を被せられた。少し怒っているようにも見えて、戸惑ってしまう。
「ち、違います!攻撃魔法を使うには、その覚悟がないと制御できないのでしょう?!」
重くなった雰囲気に堪えられず、目を瞑って思わず叫んでしまった。
「…は?」
少し、気の抜けた声になった気がして目を開けると、カイルがこちらを凝視していた。
「…え?」
違うのですか?と小さく聞くと、カイルは少し考える素振りを見せた。
「…それを、誰から聞いた?」
「キルア様です。初めての攻撃の授業の前に、私が攻撃魔法だけ制御できないと相談したら、その覚悟がないなら、一般的な攻撃魔法なんて制御できないから麻痺や睡眠くらいしかないと。貴族なら、当たり前に持っている覚悟だから皆は普通に使えるんだと教えてくださったのです。でも私にはその覚悟ができなくて…でもあと少しで授業…」
「ちょっと待て」
まだ説明している最中に、カイルに遮られた。
「攻撃魔法を制御するのに、そんな覚悟は必要ない」
私を見据えて、はっきりと言う。私は目を見開いてしまった。言葉が出ない。覚悟はいらない?
「確かに、貴族にはその覚悟はある意味必要だろう。貴族が魔力を持っているのは、領民を守るためだ。自国、自領に魔物が出た時には貴族が主として討伐に向かう。魔物を倒さなければいけないし、こちらもケガをする恐れがあるからな。でも、ただ攻撃魔法を制御するだけなら、想像力だ。魔法は総て、想像力だろう?」
カイルの言葉が、ストンと自分の中に落ちた。身体から力が抜ける。確かに、魔法の基本は想像力だ。どれだけ具体的に想像できるかと、どれだけ精密に魔力を練られるかで威力が変わるのだ。散々やってきたことだった。
「キミは、攻撃魔法を発動させたことはあるか?」
そう聞かれて、頷いた。攻撃魔法を使おうとすると、体内の魔力が暴れだすことも伝えた。
「その時、どんな想像をした?何を出そうと?何を対象に?」
そう聞かれて、当時を思い出す。
「…対象は、ありませんでした。ただ、攻撃魔法を練ろうと」
「それでは暴走するのも無理はない。対象がなく想像もあやふやなら。どの魔法も、対象も想像力もなければ無理だ」
そう言われて、自分ができる他の魔法を考えた。強化も回復も防御も、全て対象があり、その想像をした。強くしたいところを、治したいことを、守りたいものを。
はっとして、もう一度カイルを見上げる。
「気付いたか?キミは攻撃魔法として、何をどうしたい?剣や槍、それとも弓矢?雷のようにショックを与えたい?光なら、浄化という手もあるかもしれないな」
カイルはそう言って、軽く口角をあげた。キルアの言った言葉に惑わされて、気づくことができなかった。
「有難うございます!できるかも!!」
思わず一歩前に踏み出し、カイルの服の裾を掴んだ。
「キミの実力を考えれば、できるはずなんだ。…そうだな。そこの大きな葉に向かって、何か攻撃魔法を出せるか」
カイルが、裏庭の葉が大きめの植物を指して言うので、私は頷いた。前世の拳銃をイメージする。人差し指を葉に向かって指して、目を瞑り魔力を練ると、体内の魔力が指先に集中していくのがわかった。
「大丈夫だ。もし暴走しそうになったら、俺が防ぐ」
カイルの言葉も私を後押しした。深呼吸をして、目を開ける。狙いを定め、光の魔力を弾丸のように対象に向かって放った。
シュンッと、風を切る音が聞こえ、私の指先から放たれた光の魔力は大きな葉を撃ち抜き、そして爆ぜた。
成功した驚きで、一瞬身体が固まったけど、一気に喜びが体内を駆け巡り、カイルの方を振り向いた。
「できました!…できました!!」
嬉しくて二度も言ってしまう。カイルは、私の感情を総て受け止めてくれるような、とても穏やかな表情で私を見ていた。
「ああ。できたな」
そう言って、私の頭を軽くなでてくれた。あんなに悩んでいた。覚悟がわからなくて、苦しかった。その事が急に思い出されて、今度は涙が出てきた。
「有難うございます…」
何とか感謝の気持ちを伝えた。カイルが私の頭をなでてくれていた手を頬に持ってきて、親指でそっと涙をぬぐった。
「キミの努力の賜物だ」
そう言って、私の涙が止まるまで、一緒にいてくれた。
涙が止まった頃、急に恥ずかしくなって謝った。
「何だか、泣き顔見られてばかりで…申し訳ないです」
その言葉に、カイルはふんわりと静かに笑った。
「俺の前なら、いつでも泣いていい」
その表情とセリフにまた泣きたくなった。
「そんなこと言われたら、甘えたくなります」
これ以上泣いてはいけないと思って、少しおどけて言うと、カイルは真面目な顔で答えた。
「もっと、甘えてほしい」
その瞬間、ぶわぁっと顔が赤くなるのを感じた。久々に、激しい感情が高ぶってしまう。ただ、見ているだけでいい恋は、学院を卒業するとともにこの恋とも卒業するんだと考えていたこの気持ちが、欲を持ってしまう。
彼の隣にいる未来を、想像してしまう。
俯いて何も言えなくなった私の手をカイルが掴んだ。
「もう、帰れるだろう?門まで、送っていこう」
そう言って軽く手を引いてきたので、頷いて一歩踏み出す。
二人、誰もいない校舎を無言でゆっくり歩いた。何も話さなくても、気まずくも苦でもなかった。時間さえもゆっくり感じられて、繋いだ手が温かい。それが嬉しかった。
門で、有難うございますと言って別れた。カイルは、校舎へ戻っていく。まだ、リューク殿下は学院にいるのだろう。寮に戻る景色が色付いて見えた。何だか心が浮わついてスキップして帰った。その日の夜は、幸せな夢さえ見た。
そんな穏やかな日々は、まだ続いていくと思っていたー




