⑱カイルside
攻撃魔法を披露する魔法の授業で、アリアは無機物に対し麻痺の攻撃を仕掛け、俺の隣にいたレオは吹き出し、他も微妙な空気に包まれた。居心地が悪そうにしているアリアにかけ寄りたい衝動に駆られ、ぐっと堪えた。
中庭で、花壇の前にしゃがんでいた彼女は、キルアに助言を受けて麻痺の練習をしていたと言った。攻撃魔法を授業で披露するのに、何故麻痺を?と思ったが、キルアに言われたならば、何かしらの工夫等あるのかもしれないと思い、疑問は口にしなかった。
結果がこれだ。
からかわれただけの可能性が十分にある。だが、もしかしたら、何か別の意図があるのかもしれないと思い、その日の夕方に、アリアを探した。
裏庭で見つけた彼女は、遠目から見ても落ち込んでいるように見えた。一人のままがいいのなら、俺は近づかない方がいいのかもしれない。けれど、何かしてあげたくて、わざと足音を立てて近づいた。もしも一人のままがいいのなら、きっと俺から逃げていく。
でも、彼女は逃げずに、近づく俺をただ見ていた。それを俺はいいように捉え彼女の目の前まで近づいた。目が赤いのに気がつき、泣いていたのかと問えば、泣いてないと答えた。やはり誰にも頼りたくないだけかもしれない。それでも先日のことを謝れば、必死な顔で俺を見上げた。
ずっと、目をあわせないようにされてると思っていた。俺のことを警戒していて、信用されていないと。もしくは、俺の赤い瞳を怖がっているのかもしれない。散々不吉と言われた見てくれだ。仕方ない。そんな風に思っていたのに、今、彼女は真っ直ぐ俺を見てくれていた。心がざわついた。ただ目をあわせてくれただけの彼女の行動が、酷く嬉しく感じた。
「私が未熟すぎただけなのです」
そう断言する彼女に、そんなことはないと言いたくなったが、俺に何が言えるのか、それよりもキルアに何を言われたのかも気になって、結局何も答えられなかった。けれど。
「ここは、私の居場所ではないと」
続けられた言葉にカッと頭に血が登った。衝動的に彼女の肩を掴んだ。小さくて、頼りない。なのに一人でずっと頑張っていると思ったら、何もできない自分が許せなくもなった。
「そんなことはない!キミの頑張りは、俺がずっと見てきた。キミは十分よくやっているし、まだ、半年なんだ。これからまだ長い。これからだって、俺は見ててやる。だから、諦めるな」
思っていたより強い言葉になってしまったと思った時には、彼女の瞳から大粒の涙が溢れた。あまりに純粋であまりに美しくて、一瞬見惚れた。が、怖がらせたと焦り、そっと手を離し謝罪すると、彼女から出た言葉は「嬉しい」だった。
柔らかな表情になった彼女を少しからかうと、酷いです、と上目遣いで睨まれた。そんな態度を可愛いと感じて、思わず素で謝ってしまった。
もっと周りを頼れと言うと、彼女はスッキリした表情になった。もっと、頼って欲しい、俺に、辛いこと楽しいこと、何でも教えて欲しい、でも、からかうだけのような言葉をかける人は信用するなと、そんな思いを込めた助言は、思わぬ方向へと向かった。
学年代表のメンバーの彼女への警戒も少し解かれて、何故か俺が安堵していたのだが、彼女の態度は明らかに変わった。
何でも一人で解決しようとしていた彼女は、周りのさりげない気遣いに頼るようになり、どこか張りつめていて、たまにおとおどした態度だったのが、どこまでも自然体になった。
俺ともしっかり目をあわせて話すようになってくれたのは嬉しいと感じたが、誰とでも自然に話すようになったことは、何故か心をモヤつかせた。
その中でも一番は、キルアとの距離感だ。間違いなくからかわれたと思うのに、彼女はキルアとも自然に接していた。
授業後の図書館で、よくキルアと話しているのを見かけるようになり、その日も隣の棟から二人の姿が見えた。
隣に座るキルアとの距離が近すぎる。観察だの仕事だの関係なく、目が離せない。そのうち、二人が手を繋ぐところまで見えて、足早に立ち去った。
気づけば、殿下のいる代表室まで戻ってきていた。何も考えられず、どう報告するかも、何を報告すればいいのかもまとめられないまま室内に入った。
「…ちょっとカイルさん?風を纏って室内に入ってこないでくれる?」
すぐ目の前でレオの声がして、はっと気づく。風の魔力が漏れ出て、自分の制服をたなびかせていた。急いで魔力を戻す。
「何でそんな恐い顔してるのよ」
レオがため息をつきながら俺に聞くが、何も答えられなかった。
「カイル、何があった」
殿下の声がして、顔をあげた。心を落ち着かせている間に、リューク殿下は俺の目の前まで来ていた。
「いえ、あの…」
言葉を選びながらも、今見たことを報告した。
「それで?手を繋いでから二人はどうしたんだ?」
リューク殿下の問に、ぐっと詰まった。
「…手を繋いでいたので、そのまま、戻ってきました」
自分の行動を口に出してから失敗に気付いた。最後まで見届けねばならなかったのだ。無意識に拳に力が入った。
「…申し訳、ありません」
思い切り頭を下げる。悔しくて唇を噛んだ。暫く静寂が包んだ。お怒りも尤もだ。甘んじて罰を受けようと思った。
「…くっ。あはははっ!!!」
突然頭上から笑い声が聞こえてビックリして顔をあげてしまった。リューク殿下が大爆笑していた。つられたのかレオも笑っている。何故笑われているのか解らず思わず眉を潜めた。
「すまん。そんな顔をするな。お前でも、そんな風になるのかと思ってな。くくっ」
リューク殿下が、未だ笑いが収まらないといった感じで俺の肩をポンポン叩く。一体何だと言うのだ。
「殿下…笑いすぎですよ。ふはっ…」
笑う殿下を諌めながらも一緒に笑うレオ。わけがわからなくてムッとした。
「…何なのですか」
思わず声が低くなってしまう。すると、リューク殿下はビックリしたようにこちらをじっと見てきた。意味がわからなくて困惑していると、レオが小さな声で、まさか…と呟いた。
「カイル、今の自分の感情が理解っていないのか?何故観察途中で戻ってきたのか」
レオの言葉に、リューク殿下が続くように俺に言う。
「自分の感情とは?…途中で観察をやめたのは、きっと二人にただならぬ空気を感じたのでこれ以上は見るものではないのかと…」
戸惑いながらも、自分の中で出した結論を伝える。焦りなのか怒りなのかもわからない感情の意味は、自分自身わからないままだが。
「…そうか。お前はそういうやつだったな。しかし、まさか初めてなのか?」
殿下が小さく呟いた。どういうやつだ、そして何が初めてなのだ、などとは聞けない。殿下が少し考える素振りをしてから、もう一度俺を見た。
「…正直、私はアリアに対しての警戒はあまりしていない。ずっと見ていなくても解るくらい彼女は解りやすいからな。でも、これは私情を挟んでしまうが…私はレティの不安を確実に無くしたい。だからこれからもアリアの観察は続けたいと思っているが、これからもその仕事をお前に任せてもいいか。苦しいなら、レオに代わって貰ってもいい」
そんな風に真面目に言われ、俺は何も考えず即答した。
「俺にやらせてください。もう、ミスはしません」
「わかった。なら任せる」
リューク殿下の信用を落としたくはない。その前に、何故かレオにはこの仕事を任せたくはない。でも、リューク殿下の"彼女は解りやすい"という言葉が耳に残った。そう言えば、レティシア様がアリアがリューク殿下に恋しているとか言っていたことを思い出して、またモヤッとした。
さらに、アリアが学年代表の手伝いをすることになり、代表室に現れて、俺を見つけて挨拶してくれたのはフワリと心が踊ったが、何故か直後にレオとアリアが笑顔で話しているのを見て突然気持ちが落ちた。室内の奥へと行くアリアの後ろ姿を何気なく見ていると、レオが笑った。
「…なんで気付かないのかな?どっちも鈍感なの?」
などと意味のわからないことを言ってきたが、からかっているのはレオの表情を見ても明らかだったので、無言で睨んでおいた。
アリアが、リューク殿下やキルア、レオと会話しているのを見る度にモヤモヤする感情が何か解らず、気持ちが悪い思いもしたが、それでも、アリアを観察するこの仕事は誰にも渡したくなくて、俺は今日もアリアを観察する。
ただ、あの自然体を壊したくなくて、ただ、あの笑顔を守りたくて。
ただそれだけで、仕事をこなした。