⑫
入学して、半年が経とうとしていた。
毎日の勉学の復習に居残り授業、何故かよく出会うようになってしまった攻略者達、魔法の授業が終わる度に話しかけられる頻度が増えた男子生徒達や、気にいらないことが多々あるのか何人かに細々としたイタズラをされる日 々に翻弄されながら過ごしてきた私は、魔法の授業の最後にエドワード先生が言ったセリフに愕然とした。
「ここ半年、愚痴や弱音を吐かずに延々と魔力を扱う基礎の練習によく頑張ってくれたな。前にも伝えたが、そろそろ次の段階に移ろうと思う。来週から、攻撃魔法について、やっていくから楽しみにしてるといいよ。では、今日の授業を終わろう」
その言葉に、他の生徒から歓声がチラホラとあがった。基礎は大事だが、やはりつまらないものだ。ほとんどの生徒が攻撃魔法を得意としているから、嬉しいのであろう。
ただし!私は!除く!!!
そう、私は、圧倒的に攻撃魔法が苦手だ。
どの属性にも、攻撃、防御、強化魔法はある。光属性だけは回復もある。
他の生徒は、ほとんど(むしろ私以外全員と言っても過言はなさそう)我が家で家庭教師を招き、ある程度はできるように練習してきている。でも私は完全に独学だった。
感覚で、魔法を行使してきたのだ。主に、回復と強化を。平民同士のいざこざは己の頭と拳が勝負…て言うと、何かかっこいいけど。魔法なんて使わない。
でも、誰か近所の大人の人が言っていた。魔法を使えるなら、回復や強化だけじゃなく、どの属性にも攻撃や防御もあるって。だから、何度か町の外れに行ってやってみたことがある。
専門知識がないせいか、それとも別の理由があるのかわからないが、防御魔法は何とかできるものの、攻撃魔法を発動しようとすると、何故か体内の自分の魔力が暴走するのが解る。
それでも、辺りに被害が出ないように、一度だけ、手の平を真上に向けて攻撃魔法を放つと、近くを飛んでいた大きな鳥が何羽か気絶して落ちてきた。それ以来、怖くて攻撃魔法は手を出せないでいたのだ。防御魔法は、力仕事をする時に強化の代わりにそちらを発動させて練習していたが。
来週からということは、あと5日ほどだ。出来なくても叱られたりはしないだろうが、予習しておくに越したことはないだろうと、いつも休憩や昼を共にしているクロエとシャーリーに一言断りを入れて、さりげなく男子生徒を撒きながら、図書室に入り浸った。
魔法の専門書コーナーに何度も足を踏み入れ、何か対策はないかと探す。でも、魔力操作は基本的にどれも同じで、エドワード先生が教えてくださった説明ばかりだ。それらは、クリアしているのだ。
「…実は、もっと上級者編の専門書ならヒントがあるとか?」
そう呟いて、魔法書のさらの奥に入って、並んである本を吟味する。
「…何かいいのはないかな。題名すら専門的すぎてわけがわからないんだけど」
他のコーナーには生徒がチラホラいるが、ここの魔法書コーナーには誰もいない。それをいいことに独り言をぶつぶつ呟きながら、本棚に集中しすぎて、近くに人がいることに気づかなかった。
「このコーナーに生徒がいるなんて珍しいな。何を探しているの?その辺りはかなり上級のはずだけど」
突然話しかけられて、ビクッと肩を揺らしてしまった。振り向くと、金に近い長い髪色を無造作に1つにくくった髪型で制服を緩く着崩した見たことのない男子生徒が無表情でこちらを見ていた。
「あの…」
突然のイケメン出現に一瞬脳内が真っ白になってしまった。そもそも、どう説明したらいいのかもわからない。
「僕は、ここの魔法書は全部読んでいるから、どういうのを探しているか教えてくれたら、すぐに見つけてあげられるよ」
この大量にある本を全部読んでいるとは凄い、けど。
「…魔法の制御の仕方を調べたいのです」
とりあえず、伝えてみる。
「それなら、初級だよ。こっちの本棚にはない」
そう言って、彼が初級の本棚へと私を導こうとする。
「いえ!違うのです。初級の本棚にある内容は理解しましたし、授業でもしっかりエドワード先生に教えていただいて基本的な魔力制御はできるのです。ただ…」
焦って説明しようとする私を、何も言わずに見つめてくる名も知らない彼は、無言で私に言葉の続きを促す。
「…攻撃魔法だけが、制御できないのです」
あまり、誰にも言いたくなかったことだけど、勇気を出して伝えた。知らない相手にベラベラと…とも思ったが、何故か有無を言わせぬ雰囲気と、何とかしたい焦りが、そうさせたのかもしれなかった。
彼は、私の言葉に、ああ、と声を漏らした。
「そんなの、何の本を読んだってできないよ」
何でもないことのように言われ、えっ?と目を合わせた。
「…ああ。ピンクの髪に黄色の瞳。光属性のアリアはキミかな。僕のところまで噂が聞こえてくるって、よっぽど有名人だね」
そんなに有名…つか、そりゃそうよね。唯一の平民だし。僕のところまでって言うからには、あまり噂とか興味ない人なのかな。
「あっ…と。はい。アリアです。はじめまして…?」
私の自己紹介?を聞いて、彼の口角が少しあがった気がした。
「キミは、今まで誰かを傷つけたいって思ったことがある?その覚悟を持ったことは?」
そう聞かれて、答えに困窮した。腹が立つことはあっても、誰かを傷つけたいと思ったことがあっただろうか。
困っていたのに気づいたのか、私が答えるより先に、彼が今一度口を開いた。
「貴族はさ、醜い生き物でね。華やかな世界とドロドロとした世界が表裏一体だ。表情と発する言葉が正反対ってこともザラにある。敵と見なした相手は徹底的に傷つける。その世界で生きていく中で、当たり前と教えられること。傷つけるということは、傷つけられる可能性があるということ。相手を傷つける覚悟。そーゆうものを、小さな頃から教え込まれる」
「傷つけ、傷つけられる、覚悟…?」
愕然とした。なんだその覚悟。それが当たり前の世界が、貴族…。私が何も言えずに俯いてしまうと、彼が少し笑った気配がした。
「攻撃魔法は、その覚悟があることが前提なんだ。何?魔法の授業が攻撃系に入ったの?」
「来週からなのです。授業で暴走はさせられないと思い、予習をと思って…」
まだ立ち直りきれず、呟くように質問に答えた。
「予習か。真面目なんだな。面白いね。光属性も興味あるし、魔力も豊富そうだ。魔道具の研究にも役立ちそうだし、いつか協力して欲しいくらいだね。ま、攻撃魔法を制御したいなら、覚悟を持つことだね」
魔道具の研究、という言葉が気になったが、どうやって覚悟を持つことができるのか。このままでは授業が…と途方に暮れてしまった。彼が、ふう、とため息をついた。
「そうだな。攻撃と言っても色々ある。傷つける覚悟ができないなら、眠らせたり、麻痺させたりというような相手の戦闘心を削ぐ魔法なんてものもあるんじゃないかな。ま、魔道具の協力の件は覚えておいてよ」
そう言って、去っていこうとするので、思わず待って下さいと声をかけてしまった。
「あの、魔道具の協力って…?」
おずおずと聞くと、彼は何かを思い出したように、ああ、とこちらを向き直った。
「僕は、キルア。学院に所属してはいるけれど、授業には殆ど出ていなくてね、専ら魔術式や魔道具の研究をしているんだ。覚えておいてね」
そう言って、今度こそ去っていった。
ふと、思い出す。乙女ゲームの隠しキャラであるキルア。小説のラストに少し出てきた。悪アリア断罪後、彼の発明した魔道具で彼女は拘束され会場から連れ出されたのだ。コミカライズではほぼ出番がなくて、顔もボヤかされていたのでわからなかったのだ。
これが、私とキルアとの出会いだった。