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あれから、特にリューク殿下からもエドワード先生からの再度のお誘いもなく、平和に過ごせ…ているのだろうか?
何故、疑問形かというと、わざとでも、何の用事もなくとも、攻略対象者達と顔を合わせる機会が多発しているからだ。
学院の玄関や学院内の移動中、中庭で休憩中や昼食時まで。何故か顔をあわせ、私に一声掛けていくのだ。
頭についた葉っぱを取ってくれたり、教師の手伝いに手を貸してくれたりもする。
相変わらず攻略対象者達の紳士的な言動に感心させられながらも、失礼のないように必死に頭をフル回転させ、何とか会話を成立させるのだが、彼らに警戒されているだけなのかゲームイベントという強制力なのかはわからなかった。
しかし、小説のゲームヒロイン…いや、もう悪アリアでいいでしょう。悪アリアはどんな動きをしていたの…?基本的にレティシア様目線で話は進んでいたし、悪アリアの情報もゲームの情報も少なすぎる。
何が正解で何が不正解かもわからないし、思っていた以上に、ハードモードなのかもしれない。
クラスや下級貴族の男子生徒からは、相変わらず話しかけられはするけど、前のようにべったりな感じにはなってない、と思う。
それでも、気にするご令嬢はいるようで、時々小さなイタズラはされている。自己解決する時もあるけれど、偶然カイルがいて助けられたりもした。
メモをたくさん挟んだノートを持って歩いていたら、私の周りにだけ突風が吹いてメモが散らばってしまった時は、どこからか現れて一緒にメモを拾ってくれた。
何故か私の行く先の渡り通路が凍っていた時は、向かいの通路にいたカイルが火の魔法を使って溶かしてくれた。その時は、お礼を叫ぶわけにもいかずに、深く腰を折って感謝を伝えた。
好き、という感情を自覚してしまった今、目があうと自動で顔が真っ赤になるのが自分でも解るので、顔をあわせた時は、口元や鼻先を見ながら会話をした。それでも、頬に熱は持ってしまうのだけれど。
助けてくれるのが嬉しくて、でも、恥ずかしくて。
「よく会いますね」
と言ったら、リューク殿下の指示で、学院内のトラブル等を早めに解決する為に、定期的に学院内を巡回しているんだと教えて貰った。
毎回、去って行く背中を暫く見つめてしまう。はぁ、かっこいい。他の男性よりもワンオクターブ低い声は、落ち着いていていつまでも聞いていたい。真っ直ぐ伸びた背筋は、背丈の高さを更に強調し、護衛服を難なく着こなしている。帯剣すら、オシャレの一部に見えるし、サラリと揺らぐ髪の毛に指を通してみたいと思う。少しつり目の赤い視線は意思の強さを感じさせ、どこまでも私を魅了する。リューク殿下も、他の攻略者達もかっこいいけれど、こんなに胸が高鳴ることはない。
リューク殿下とレティシア様が、二人でいらっしゃる時もその辺でバッタリ出会ってしまったりもする。はじめの頃は全然会わなかったのに、魔法の授業が始まってからだろうか。何故か、どうにも、会う。
この二人とは、あまり会話はしない。挨拶だけだ。それでも、挨拶の後、私の目は無意識に彷徨いカイルを探す。リューク殿下の後ろの存在に気付き、思わず口元が緩んでしまうと、おっといけないと思ってリューク殿下に視線を戻す。その時、レティシア様が一瞬眉を寄せたことに気づいた。
その表情で、1つの推測が生まれた。もしかして、レティシア様は私がリューク殿下に反応していると、勘違いしているのかもしれない、と。
寮で、一人考える。レティシア様の勘違いを解かないと、ずっと警戒されたまま、居心地悪い学院生活を送ることになってしまう。だからと言って、リューク殿下には興味ありません、などと言えるはずもない。そもそも、まだレティシア様が一人でいる時に会ったことがない。避けられている可能性すらある。
私は15歳であるが、プラス27歳である。ある程度の自制心は効いていると思うし、小さな嫌がらせくらいじゃ、またかぁ…くらいにしか思わない。なのに、何故、恋愛感情だけはウブな反応になってしまうのかわからない。何故、勝手に顔が赤くなるのだ。27歳!それなりに恋愛もしてきて、前世の時だって具体的なことはあまり憶えていないけれど、ある程度の心のコントロールはできていたのに。レティシア様に直接誤解を解くよりも、まだカイルを見ても反応しないようにすることの方が解決に近いと思ったけど。
礼儀作法や学院の勉強よりも難題に思えて、一晩中考えたけど、いい案は出なかった。そして、私は忘れていた。魔法の授業で、エドワード先生が言っていた言葉を。
そして私は、また違う原因で焦ることになる。