①
私は平民の娘として生まれた。両親と力を合わせ、毎日必死で生きてきた。
7歳の頃、母が仕事中に思い切り転んで、足首を折ってしまった。
「お母さん!大丈夫?!」
私が駆け寄るも、お母さんは痛そうに顔をしかめて
「アリア…だ、大丈夫よ…」
と一言だけ言葉を発した後は、痛みを我慢していた。
お母さんがあまりに痛そうで、オロオロしながら私はお母さんの足首を触った。苦しい顔は見たくない、それだけの思いで触れた瞬間、私の手が光りだし、その光はお母さんの足首に吸い込まれていった。
「…え?痛くない…」
お母さんが、ポツリと呟いた。私は自分の手が光ったことにビックリすると同時に倒れた。
そして、前世というものを思い出した。
こことは違う、日本、という国。私は働いていたけど、27歳で死んだ。理由はわからない。
目が覚めると、お母さんが心配そうに顔を覗きこんでいた。
「…アリア!起きたのね?!」
詳細を聞くと、どうやら私は光属性の魔法を使いお母さんの足首を治してそのまま倒れてしまったらしい。
ああ、私…平民なのに魔法が使えるのね、などと他人事のように感じた。
この世界では、基本的に魔法が使えるのは貴族の血筋だけ。ただ、稀に平民でも魔法が使える子が産まれるらしいということは知っていた。
そんなことがあっても、結局何も変わらず平民として暮らしていたのだが、どうやら私が魔法を使えることは国に申告されていたらしい。
15歳になると、魔法学院への入学が決まった。
きっと、周りは貴族ばかりだ。完全にアウェイだ。
だが、断るという選択肢もない以上、私は全寮制である魔法学院へと向かった。
寮に引っ越した時は気づかなかったが、入学式に向かう為に学院の門をくぐった瞬間、既視感を覚えた。
この建物…私が前世でめちゃくちゃハマってた、コミカライズまでされた転生悪役令嬢が主人公の小説じゃないの…!!
それも、悪役令嬢は転生でここが乙女ゲームの世界であることを知る。悪役令嬢は第一王子の婚約者で、ゲームヒロインも転生者、小説の世界では、ヒロインは乙女ゲームの知識を元に王子に近づき、転生しているがゆえに苛めてもこない悪役令嬢に嘘の罪をでっちあげラストはヒロインがざまぁされるテンプレ。
…待って?平民で?光属性の魔法が使える?私…小説でざまぁされるヒロイン?!
ざまぁされたくない…!悪役令嬢もゲームの内容のようにざまぁされたくないから王子や側近にその旨を説明して信じてもらい、ヒロインをずっと監視し続けるのよ。
そんなことを思い出して、身震いした。門の前で立ち尽くしてしまったのだ。
その時、後ろから「きゃあ…!」と女子生徒たちの黄色い声が聞こえた。振り向くと、ちょうど王子が婚約者である悪役令嬢をエスコートしながらこちらに向かってくるところだった。
周りの生徒が横へ避けていくのが見えて、私も急いで避けようとした。
だって、確か小説ではヒロインはどこへ向かえばいいのかわからずキョロキョロしながら歩いて王子にぶつかるという乙女ゲームの出会いイベントを発生させるために、ヒロインは王子にわざとぶつかっていくのよ。それで悪役令嬢に転生者じゃないかと警戒されてしまうのだもの。
ただでさえアウェイなのに、そんなことできない…!とばかりに焦ったのがいけなかった。
掃き慣れないヒールに足がつんのめって…避ける瞬間にダイナミックに転んでしまったのだ。
「…だ、大丈夫か?」
さすがにスライディングするように転んだ私を可哀想と思ったのか、男性の声が頭上からしたので、顔を上げてみると、王子その人だった。軽く引いてる顔してる…!
「だだだだだ…いじょふです…!」
私は自分が物凄く注目されているような気分になり、急いで立ち上がって、ダッシュで逃げた。方向も何もあったもんじゃない。
後ろから、「おい…!」と声がしたけれど、振り向く余裕もなかった。
ただ闇雲に走って逃げて、中庭のようなところまできた。
ふう、ここは誰もいなさそう。立ち止まって息を整え、転んで土のついた制服を手で払う。あまり取れてないが、まあ仕方ないだろう。
「何で入学式の日にやらかすかな…」
ガックリと肩を落とす。
「おい。」
と、後ろから男性の声がして、ビクッと肩を揺らし振り向くと、少し大人びた赤い瞳と目があう。
漆黒の髪に制服…ではない、騎士の服のようだ。生徒ではないのかもしれない。ボンヤリと見上げていると、フワリと私の周りに柔らかな風が起こって制服が揺れた。不思議に思って自分の体に視線を落とすと、制服の汚れが取れていて頭にハテナマークが浮かんだ。
「制服の汚れを風で落としただけだ。」
どうやら彼が風魔法を使ってくれたようだった。有難うと言おうとする前にもう一度声をかけられた。
「で、本当に大丈夫なのか?」
その瞬間、私はパッと顔が赤くなった。さっき転んだのを見られていたのだ。恥ずかしくて逃げたのに追いかけてきたのだろうか。恥の上乗せのような気がする。
思わず俯いてしまったが、返事はしなければならないだろう。
「本当に大丈夫…」
何とか声を絞りだすも、しかし…と続けられる。
「膝をケガしているようだが。」
と言われて、初めて膝を擦りむいていることに気づいた。
「あ、ほんとだ…。」
そう言ってポケットからハンカチを取り出し、傷口にあてる。
「…光魔法を使わないのか?光属性のアリア、だったか?」
男性が少し考えるようにしながら、私に問いかけた。
「ああ。自分には効かないの。」
さらっと答えた。
「…そうなのか?」
「うん、私の光魔法は、自分にかけようとしても、ただ、手の平から出た魔力が傷口に吸収されるだけ。他の人のケガはすぐ治せるんだけど」
私の答えを聞いて、男性は黙り込んでしまった。少し眉を寄せているので心配してくれているのかもしれない。
「あー…でも、回復力は高いので、これくらいなら明日には治るよ」
そう言って、ニッコリ笑ってみせる。
「それでも、このままではよくないだろう。医務室へ案内する」
男性はそう言って建物の奥を指差した。
「え?…いや、でも…」
困った。医務室に行っていたら、入学式に遅れてしまうかもしれない。案内して欲しいのは、医務室ではなく、入学式の会場である。
私の困った様子に男性は何かを勘違いしたらしく、ふむ、と頷いた。
「それもそうか。知らない人についていくのは確かに危険だ。気づけず申し訳ない。俺はカイル、第一王子殿下の護衛であり、生徒ではないが…先ほど殿下が心配されていたので、俺が様子を見にきたわけだ。」
私が考えていたことと少し違うが、自己紹介されたのなら私も返すべきだろう…
「あ…わざわざどうも…アリアです…?って、第一王子殿下の護衛?!殿下が心配?!あり得ない!」
突然パニックになってしまう。心配じゃなくてそれ絶対警戒だし!と頭をぶんぶん振ったらクラクラしてきてフラついてしまった。肩にトンっと何かが当たってバランスを崩したり倒れることはなかった。カイルが手を伸ばして肩を支えてくれたのだ。
「落ち着け。とりあえず、医務室だ。」
そう言われ、結局医務室に行って手当てを受けた。
その後、カイルは入学式の会場までも案内してくれて、何とか、遅刻することなく入学式を出席することができたのであった。