彼に愛されなくても、ねえ
「もう一度言う。…君を愛することは、一切ない」
金髪碧眼の青年に、睨み付けるように宣言された。
まあそれはそうだろな、と息をつく。───彼にとって私は最悪の相手なのだから。
疲れて家に帰り、倒れこむように寝たのは覚えている。「朝ですよ!起きてください!」と声がするなと思ったら、レースとフリルに囲まれた場所にいた。
唖然としている間に身支度をされ、なんだか豪勢な庭園に送り込まれた。と思ったら、待ち受けていたのが美青年である。しかも、見覚えのある人。
椅子にエスコートされ、注がれた紅茶をちら、と覗いて確信した。
ここは、乙女ゲーム『12時の鐘がなる前に』の世界だ。
意地悪な継母と義妹にいじめられていた主人公マリアが、王子様が開催する舞踏会をきっかけに、魅力溢れる男性たちと出会いのしあがっていく、正にシンデレラストーリー。定番ものこそ刺さる私にとって大好きなゲームだった。
目覚めた部屋は、マリアの回想にでてくる屋敷の一室にそっくりだった。回廊にも庭園にも勿論見覚えがある。
ただし、金髪碧眼といえばマリアの父だ。恐らくこのときは、クライン伯爵家嫡男、アルバート・クライン。
対して、カップの水面に映った黒髪紫瞳の私はというと─────マリアをいじめにいじめ、10歳になる時にあっけなくこの世を去る継母。コルウェル公爵令嬢、ソフィア・コルウェル。
主人公の恐れの対象であり、悪役令嬢の育ての親、その人である。
そもそも話は数年前に遡る。ソフィアは学園でアルバートに一目惚れし、公爵家という権力を使ってそれはそれは彼を追い回した。しかしそれはアルバートを追い詰めるだけで、愛がソフィアに向くことはなかった。
彼は穏やかな気質の女性と恋に落ち、ソフィアは嫉妬のあまり相手に低俗な嫌がらせを繰り返すようになる。
しかし結局二人は結ばれ、愛する女性と瓜二つの娘を授かり──その代わりに、愛する女性を喪った。
喪に服すこと3年。親戚筋からせっつかれ、彼が後妻を探し始めたことを知ったソフィアは、早速手を挙げたのだ。
学園で追いかけ回され、愛する女性に対して嫌がらせをされ、そしてここにきてまた登場してきたソフィアに対して、アルバートが良い感情など持つはずもないのは当たり前のことだと思う。
なぜか頭の中に溢れてくるソフィアの記憶に翻弄されながら、アルバートには睨み続けられ、気づかれないように息をつく。
(まぁ、アルバートの気持ちはわかるけど………ソフィアも全面的に悪いわけではないんだよね…)
ソフィアが後妻探しの話を聞いたときには、もう候補は3人いた。侯爵令嬢と子爵令嬢、伯爵令嬢。それぞれ大金持ちのおばあさま、父がロリコンのお色気クイーン、男を食い物にしてきた成り上がり娘である。どう考えてもアルバートとマリアが幸せになれるとは思えなかった。ソフィアを好いていないのは知っていたが、好きな男性が不幸になるよりはと思って婚姻を申し込んだのだ。──それにより好いてもらえるかもしれないという下心はあったとしても。
なかなか返答をしないソフィアに、苛立ったようにアルバートが息を吐く。乙女ゲームをして知っていたが、この結婚で幸せになる人は誰もいない。
彼も、勿論私も。
紅茶をひとくち飲んで気持ちを落ち着けてから、ようやく口を開く。
「私を愛さないことなど承知しております。この話、無かったことにさせていただけませんか」
「…は?」
自分から手を挙げといてなんだそれは、といったところだろうか。
目を見開き、口をポカンとあける姿すら絵になるんだからイケメンは!!!
少し見とれてしまった自分に気合いをいれるため、拳を握りこむ。
「ただし、」
「ただし…?」
驚きのあまりだろう、おうむ返しになっている彼に一番の微笑みを返す。
「貴方に会わなくて良いのでマリアちゃんに会わせてくださいな!」
「………………………は!?!?!?」
紳士の仮面はどこにいったのやら、素の表情で驚くアルバートに駄目押しとばかりに笑みを深める。
──全キャラフルコンプリート、グッズを買い漁り、公式に貢ぎ続けてきた私の最推しはなにを隠そう主人公のマリア・クライン。
結婚なんてしなくていいけれど、彼女に会うのだけは譲れないのだ!!!!