7話
賑やかな喧騒が夜の闇に消え、獣の鳴き声が森の方から聞こえた。
スノーホワイトを誰の家で泊めさせるのかと少々喧嘩が起きたが、無事に祭りが終わった。
村長の方から話をしたいと申し出てきた。そのまま私は村長とここに来た経歴を話すことになり、長い話になるのかもしれないからと今、村長の家にいる。
村長は、樽の中から水を柄杓で掬ってコップに注いだ。
「とりあえずこれを飲んでください」
「あ、ありがとうございます」
私はジュースで満たされているのに、水を飲んだ。図々しい話、泊めてもらわせてもらうので、断れなかった。
水に、味は無くてドブの臭いがした。美味しくも不味くもない臭いだけの水だった。
「あの・・・、失礼なんですがこれはなんですか?」
「これは魔を清める水です。美味しくないですが、どうか慣れてください」
良かった。私の味覚がズレているのかと思った。
この村はどこもそうなのか、村長の家の中は木製のベンチや木の根を椅子に代用にしていたり、石でできたキッチンがあった。
さすが、小人やドワーフは木や石を加工するのが上手だな。
木の切れ目や石の柱に綻びが一つもない。素人目から見てもきれいだと思える造形ラインだった。ただ、ネズミの鳴き声がたまに聞こえた。
「さて、本題に入らせていただきます。あなたはこの世界の人間ではないのは服を見ればわかります。糸の質も、私たちが身に着ける物全ても、神の物でも、ありませんからね」
村長も椅子に座って私と面と向かう形で話をしてきた。
「えぇそうです」
村長は話を続ける。
そして話に合わせて私は相槌を打っていった。今この場でこれまでの事を話すべきなのかが分からない。本を本の内容を把握するよりも現実とは違う世界に慣れることが最優先だった。あの森を歩いている道中休憩がてらに呼んではいたが、一日にかける情報量が多すぎて指示なんて少し忘れかけている。
会話の間に相槌を打ちつつ、読んだ内容をなぞるように思い出す。考えろ、思い出せ私。
頭の中でページを開く。
【私を泊めてくれた恩人はだれよりも長く生き、知恵がある人だった。どんなことにも冷静で、おかしなこと、異変、違いを見抜けるほど鋭い目の持ち主だった。この晩、知恵を授かる。何も知らない世界の事を少しだけ知る事になった。】
つまりはまじめに話を聞けっていう事なんだな。
「明日、姫を元の地に帰そうと思う。あなたもご一緒に行ってみてはどうです?」
「え?いいんですか?あの子は魔女にリンゴを食べさせられたんですよ。この村の方が安全だと思うんですが・・・」
村長は目を瞑り無言で首を振った。長いひげも左右に揺れた。
「いえいいんです。ここは元々男臭さと炭のにおいに満ちて小人たちに服を編んでもらう。そんな村でいいんですよ。男も女も姫様が来てからこの村には花が咲いた。だがいつか皆、姫にのめり込みすぎて仕事が疎かになり没落する。なら、こっちからしてもいない方がいいんだよ」
「お言葉ですが彼女の心の拠り所は今はここにあるじゃないですか」
私は白雪姫の物語を知っている。彼女は確かに、幸せなハッピーエンドを迎えるはずだ。村長は村の未来を示唆して、スノーを追い出そうとしている。
この森には人が来ない、つまりほぼ王子様なんて来ないようなものだ。仮に元の世界に戻れても、幸せに巡り合えないんじゃないのか?だってあの子は身寄りも所持金もないんだから。童話という世界観での年台を考えれば、無一文の人間としての価値なんてのは奴隷と同類なんだろうから。
だけどドワーフとしての仕事への情熱の為だと、安定を取った。安定が幸せというのもまた一つの自然の道理だ。それを選んだろうなこのおじいさんは。
ラオグラフィアには指示に従えと書かれている。指示には、話を聞けと書かれている。そうなればこのおじいさんの意向に頷くしかないんだろう。私は勝手にスノーホワイトの未来を考えてしまう。神らしき存在が仕組んだあらすじを私は歩かされる。そうしないときっと帰れないのだろうから。
・・・でも、あえて無理にでもスノーホワイトをこの村に住まわせてしまいたいという老婆心が強く働く。
でも私は、口を閉ざして頷いた。
「分かりました。なら私も連れて行ってください」
また旅の指針が決まった。心の中で小さな自分がそうベットの上で何度もささやいた。でもかき消して明日に備えて眠ることにした。鼻腔の奥でドブの臭いがまだ残っていた。