二話
じんわりと暑い空気と体にまとわりつく汗。ベッドの上で羽織るタオルが熱い。
夏の涼しい風が部屋に入り込む。
朝、六時半にセットしたスマホのアラームが自室で鳴る。私は音が鳴る十秒前に起きて、目覚ましを停めた。
張り付いて離れてくれない汗よりも、早朝のさわやかな真夏の爽快な空気が気持ちいい。
私はベッドから流れるように目の前の机に向かい、パタンと参考書を開く。
八月三十日の夏休み、今日は俗に冒険の日らしい。高校三年生の私は受験という戦の準備に勤しみ、SFのような冒険は夢の中に消え、ペンとノートで社会様と戦う。
私は、古登平ことひら真子まこ。古登平家に長女として産まれ、母と父と妹の四人で一軒家に住む、普通の女の子。学力はそこそこの上。人に言えない秘密は、子供の時に見たアニメの影響でエドワードティーチが憧れの人であるという事。
私の素晴らしい青春は中学の時に陸上部に入部し大会で記録を更新していた時、膝の軟骨をすり減らしてしまい、やむを得ず退部してしまったこと。あの時は苦汁を毎日飲んでいた。
それ以来、部活をするのが怖くて帰宅部に所属することになった。今日まで、惰性と走れなくなったという絶望感を勉強のやる気に変えて二年とちょっと前に頭の良い高校に入学した。
「おはよう、母さん。お腹空いた」
「今出すよ」
今日の予定はこれから朝ごはんをしっかり食べて図書館に行く。そのまま頭が疲れるまで勉強をすること。
白色のショルダーバッグに色々と物を詰めて私は家を出る。目的の図書館は丘を自転車で登ったところにある。少々遠いが、自然と私が住む町を眺めながらの静かな環境は家よりも集中力が高まる。
図書館の自動ドアが私の存在を感知して、両開きに開く。
初めて見る新人の図書館職員、木路きろという男の人が受付にいた。中世的な顔つきに緊張してしまい、私は会釈だけして逃げた。
かっこいいと思う余計な感情を押し殺して、私は海馬に参考書の内容を叩き付けた。
でも今日は集中力に欠けてしまう日だった。私はきっと夏バテになりかけているのだろう。天井から白い西日が四角い窓から入り込む。
本棚が日差しに照らされてキラキラと光る。空気に漂い、舞い散る埃ですら目の前に移る景色に映える「美しさ」に一役買っていた。
私は気分転換に読書をしようと、プラスチック製の椅子を引いて立ち上がった。何かがを呼ぶ声が私には聞こえた気がした。きっと勉強をすることが体にはストレスでそれがイマジンと化したのだろう。
さて何を読もうか。本棚の背表紙を目でなぞりながら、歴史・史学のコーナーへ進む。
私は古い歴史や偉人の残した話が好きで現代の小説よりも多くの歴史の本を読んでいた。
愛読書はモーセの十戒だ。
気まぐれに“ラオグラフィア”というタイトルの本が目に付いた。意味は、《《物語》》。
まんまだな。
私はその本を本棚から抜いて、元の席へ戻った。
木製の机の上に頬杖を立てて私はラオグラフィアの一ページを開く。
「え?」
1、指示に従え
2、物語を終わらせろ。
たったそれだけしか書かれていなかった。ぺらぺらとページをめくるが、他はすべて白紙だった。
信じられない!
「—————張り切ってどうぞ」
そう、声が私の耳元からした。セクシーな男の声だった。
瞬間的に振り返るとそこは辺り一面、花畑に変わっていた。
「まじで・・・?」
机と椅子が音を立てて消えた。